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どおおおぉおんッッ!!
人の子と精霊の居る場所が爆発した。炎が立ち上ることは決して無く、ただただ土煙だけが辺りを満たした。
そのことに一番驚愕したのは、シスター・マリア=アスビィルだった。眉を潜めて爆風を受けていた。金の髪と漆黒の衣服が無造作に風にたなびいていた。
(ウチ以外の悪魔か? ウチが気配を察せぬということは『エグリグル』の……イェークかえ? ガデュールかえ? まさか、カサデラではあるまいの?)
人界に顕現してから最も警戒した様子で、紅魔が慎重に辺りを窺った。しかし、どんなに注意深く気配を読んだところで、新たなる魔の気は感知せざるものだった。
一方で、土煙の中から神の気配が一層強く感ぜられるようになった。
「……ふむ。成程のぅ。単純じゃな」
失望の色を隠すこともなく、シスター・マリア=アスビィルが嘆息した。紅き瞳を伏すと、輝きの鈍った金の髪がふさりと、泥と血で汚れた額にかかった。風に舞う土埃が、そして何より彼女に満ちた魔の力が、鮮やかだった髪と白くきめ細やかだった肌を穢していた。
強き力を有した魔は、耐え切れず傷み始めた遺体を一瞥し、肩を竦めた。
(目くらましからの奇襲とは、あまりにもお粗末じゃの…… 偽装じゃろうか? しかし、あちらから感ずるのは間違いなく神の力。アレは偽りようが無い)
爆煙の中で神力がどんどんと高まっていった。ついには、暮れ始めた西の空に今再び輝かしい光を与えんと白を発し始めた。
シスター・マリア=アスビィルはそちらへ充分な警戒の瞳を向けつつも、澄み渡る上空に、静寂が溢れる地底に、荒地にも似た地上に、リストールの町を構成する方々(ほうぼう)に注意を払い続けた。
(やはり神の力はあそこへ集結しておる…… 奴らは本気で、アレでウチの隙をつけると考えておるのか……? 仮にも、『魔の上に立つ者』とまで謳われた人の子と、トリニテイル術士として人界へ遣わされた精霊じゃぞ……)
紅魔の疑念はとどまることを知らなかった。
シスター・マリア=アスビィルの力は、アスビィルとして不完全であるとはいえ、間違い無くルーヴァンスとティアリスを圧倒し続けていた。人界で今の彼女と渡り合える者は数名といったところだろう。
しかし、彼ら――人の子と精霊は、外的要因や幸運が多くを占め、悪魔自身が多大な恩赦を与えていたという事情があったにせよ、幾度と無く危機を乗り越えてきた。生き延びてきた。
故に、紅魔は彼らに対して絶大な信頼を寄せていた。目くらまし後に特大の力を放つ等という、あまりにも馬鹿らしい討魔策を企てる筈が無い、と。
勿論、そのような思考を巡らすよりも前に、遺体へと雪ぎ込まれたアスビィルの力を極限まで高めて放てば、か弱き人の子も、誇り高き精霊も、一瞬で消し炭と化すことが出来た。が、シスター・マリア=アスビィルは、決してそうしなかった。
彼女は人界での殺し合いを可能な限り楽しみたかった。