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「……加えて彼女は、こちらの攻撃が当たったとしても復元してしまいます。ダメージが完全に消えるわけでは無い筈ですが、マリアさんの遺体が有り続ける以上、アスビィルもまた人界に有り続けてしまいます。これでは永遠に彼女を退けられません」
実のところ、シスター・マリア=アスビィルの力は傷や痛みに伴って減っていた。いくら遺体の損壊を修復したとしても、彼女の力自体が元に戻るわけでは無かった。
しかし、見た目だけであっても彼女の傷が直ぐに癒えてしまう様は、人の子と精霊の精神に少なからずダメージを与えていた。戦いが終わる気配を見せないことで、彼らは知らず知らずのうちに心を疲弊させていった。
「……なら、結局のところどうするです? このまま町ごと滅びるですか?」
非難するように、ティアリスが言った。彼女はここで諦めることを是としていないようだった。
そしてそれは、ルーヴァンスもまた同じだった。みたび苦笑を顔に浮かべて、彼は大きく息を吸った。
「……やるべきことはシンプルです。媒体を完全に消し去ります」
彼らにはその言葉を実現するに足る実力も戦力も無い。仮に力が足りたとて、人界の絶望に絡め取られた女性の屍を灰塵と帰すなどと、心が痛い。
せめてもの手向けとして、絶望を迎えた遺体くらいは希望であって欲しい。
人の子は胸を押さえて、吸った息を吐いた。深く深く吐き出した。そうして、乱れる心を無理矢理落ち着けた。他に道が有るのならそちらへ進むだろう。しかし、弱き人の子に出来ることは多くは無かった。
憐れな女の最期に希望を添えることは不可能だった。
「……イルハードの力を喚び込んでください」
「……わかったです」
ティアリスは、ルーヴァンスの腰に右手を当て、胸のペンダントを左手で握り、神界からありったけの力を引き込んだ。神々しい光が漸う溢れた。
そして、神と子と精霊の御名において、人界へと白き光が満ちた。