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ティアリスは眉を潜めて空色の瞳に影を宿し、嘆息した。
「……そんなに何度も付き合ってらんねーですよ。そもそも、奴の攻撃を防いでいやがったクソ悪魔がいなくなったっつーのにそう長く保つですか」
「……ごもっとも」
人の子から、再度の苦笑が漏れ出た。魔界へ戻った悪魔の言い分も分かるが、今日のところは例外として契約を交わすべきだったのではないかと、内心では考えている表情だった。
「アルマースが去って不利となったじゃろうし、サァビスで時間を与えてやっておるが…… 待つにも限界があるぞえ。ウチは退屈じゃ。早うせい」
彼らのやり取りを遠目に眺めていた遺体(シスター・マリア=アスビィル)が、痺れを切らした様子で肩を竦めた。
今にも強力な魔術を放ち出しそうな紅魔へと向けて、ルーヴァンスが柔らかく微笑んだ。
「ご厚意いたみいりますよ、アスビィル。申し訳ございませんが、もうしばし時を下さい」
「厚顔な奴じゃな。まあ良い。せいぜい余生を楽しめ。ウチはもうお前を諦めた。その身体を取っておこうという気は最早無い故、覚悟して立ち向かうが良いぞ」
「ええ」
微笑みを悪魔へと向け、しかし、ルーヴァンスは直ぐに表情を引き締めた。
「……ティア。アスビィルは既に、僕が彼女の力を奪うことを警戒しています。彼女の力を大きく減退させることは出来ないと思って良いでしょう」
魔界から人界へと雪がれる紅き力を、先のようにサタニテイル術士として奪うことは能わないという。つまりは、シスター・マリア=アスビィルは振るえるだけの力を全力で振るえるということだった。
「……そして、長引けば不利だというのは、ティアのご認識の通りでしょう。アスビィルの攻撃はこちらの防御を超えています。長期戦で疲弊していくのは間違いなくこちらです」
神の力も精霊の力も、闘いが始まってから紅魔の力に押され続けていた。アルマースの介入で、ルーヴァンスとティアリスの精神的な距離が多少ながら近づき、トリニテイル術の威力が上がってきているとはいえ、神と魔の力量差が埋まっているかというと疑問が残るところだった。