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「! 本当なのですか!?」
ティアリスがルーヴァンス=アルマースとの距離を詰めた。
ぽんっ。
小さな物音に伴って、ルーヴァンスとティアリスの間に小さな影が生じた。白い髪と紅い瞳、真紅のドレス。アルマースがただの魔として人界に顕れた。
「ルーヴァンスよ。そして精霊よ。セレネは死んでいない」
紅の瞳が、金の瞳と青の瞳を順繰りに覗いた。
人の子にも精霊にも、未だ猜疑の影が有った。けれど、一抹の光もまた差していた。
「アスビィルの術を受ける直前、私は魔術でマルクァス共がたむろしている港へと移動したのだ。セレネは私がしばし身体を借りていた影響で意識を失っているが、別段、怪我も精神的な汚染も無い。時が経てば壮健な様子を拝めるだろう」
「……本当……ですか……?」
金の瞳を見開いて、ルーヴァンスはその希望にすがるように尋ねた。
ティアリスもまたその隣で、空色の瞳に真摯の色を乗せ、アルマースを見つめていた。
「本当だ」
単純なひとことだった。悪魔は一切の言葉を重ねようとはしなかった。
飾らぬが故に、ルーヴァンスもティアリスも、アルマースの言葉を信じられる気がした。
金と空に漸う輝きが満ちた。
しかし、アルマースは背の黒翼を羽ばたかせて、ふよふよと中空を漂いながら眉を潜めた。
「とはいえ、悪い知らせも有る」
『え?』
再び、ルーヴァンスとティアリスの表情に落胆の色が生まれた。
「……上げて落としますね、アルマース」
「セレネのことは先に言った通りだ。心配いらん。悪いのは戦況だ。私はもう参戦できん。セレネを運ぶ術で、人界への干渉限度を超えた。正式に約さんことには、二、三日は人界へ赴くことも不可だ」
その言葉を証明するかのように、彼女の瞳が真紅から淡紅へと変化していた。姿自体も薄らぎ、背後の風景が透けて見え始めた。
「では、やはり僕と契約を――」
「駄目だ。今のでも分かっただろう。お前は魔に染まり易い。その道は行くな」
魔と共に邁進しても未来が無い。向かった未来は、更に強大な魔からの支配でしかない。
悪魔は人を慮り、共に行くことを拒んだ。