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「ふむ。この身体ならば人界へウチの力を更に引き込めよう。良い拾い物じゃ」
ルーヴァンスの口からルーヴァンスの声で、アスビィルの言葉が漏れた。
ティアリスは大きく後ろに跳んで、ルーヴァンス=アスビィルから距離を取った。
(ちぃ…… これでもうトリニテイル術が使えねーです。しかも、クソ悪魔の言葉が真実なら、さっきまでよりもクソ悪魔の力が強くなるということですか…… まっじぃですね……)
眉を潜める精霊さまの視線の先で、ルーヴァンス=アスビィルは遺体を紅の瞳に入れていた。
「アレにも世話になったのぅ。せめて綺麗に消しとくか……」
独りごちて、ルーヴァンス=アスビィルが右手を徐に上げた。悪魔が魔界から力を召して、人の腕には紅を帯びた黒が漸う集った。ルーヴァンスの口がすぅと息を吸い、術を放とうとした――その時だった。
「ぐっ。……アルマース。邪魔を――」
「悪いな、アスビィル。此奴との付き合いは私の方が長い。お前を押しのけて身体を奪うことなど容易いよ」
ルーヴァンスの口からは二者の言葉が発せられた。一つはアスビィル、一つはアルマースのものだった。
ルーヴァンス=アルマースが、視線を再び遺体へ向けると、ゆっくりと、シスター・マリア=アスビィルが起き上がった。紅き瞳には険が宿っていた。
「そう睨むな。此奴の身体は確かに力を振るい易いが、時と場合によっては逆に支配されるぞ。いくらお前とはいえ、な。故に此奴は『魔の上に立つ者』なのだ」
「……ふん。今ならば問題ないはずじゃ。其の男は絶望に囚われおった。ウチの支配を撥ね退けられる程の余裕などあるまい」
事実、ルーヴァンス=グレイはアスビィルの支配を容易く受けた。セレネ=アントニウスの消失に依って。
「白々しい。お前も判っている筈だ、アスビィル。セレネは死んでいない」