5-30
(……が、我慢ですよ、我慢。色々あったせいでこんなクソ野郎になっちまったと考えれば、ちょっとは赦せるような気がし無くも無くも無くも無かっら良いなって思わったりもするです。万が一にもそう思い込むことが出来れば勿怪の幸い、棚から牡丹餅です。ああ、そうです。此奴と上手く折り合いをつけてあのクソ悪魔をぶっ飛ばしたら、セレネの部屋にあった動物の図鑑を持って帰るです。そのくらいのご褒美があってもいいはずですよ、うん)
必死で心を落ち着け、精霊さまはお顔に引きつった笑みを浮かべた。
「その髪飾りは、姉妹みてーな関係の奴から貰ったもんなのです。前にも言いましたがソレ、全然気に入っていねーんですよ。細工も何もかも、ワタシじゃ無くて完璧に奴の趣味ですしね。……ただまあ、一応大事にしてはいるですよ」
肩を竦めてそう口にした時、彼女の苦々しい笑みは真の輝きを持っていた。話題の相手に心を許している証左だった。
ティアリスはくだんの相手に妹として扱われていた。彼女はそれが疎ましく、しかし、少しばかり嬉しかった。
「奴は口煩くてウザくて、一旦死んだ方がいいクソアマで、ワタシのことにかまけて無茶ばかりする阿呆で、ワタシと同じトリニテイル術士で、いつも心配してくれていて、色々と恩が有って……」
少しばかり頬を紅く染め、空色の瞳を伏せて、ティアリスが語った。彼女にとって、髪飾りの送り主について真面目に語ることは照れ臭いことのようだった。
「それを渡したのですから…… だから……」
ルーヴァンスは俯く女児を瞳に入れて、思わず右手を持ち上げた。艶やかな黒髪に軽く触れ、優しく撫でた。
「ありがとうございます、ティア」
「……何の礼だかよくわかんねーです。つーか、触んなです! うっぜーです!」
パシッ!
人の子の手が払いのけられた。
心の距離が狭まったかと思った矢先の暴言だった。しかし、ルーヴァンスにとってはアメだろうとムチだろうと喜ばしいことのようで、別段彼らの関係性に新たな亀裂が入るということも無かった。
寧ろ、ティアリスに歩み寄りの姿勢が少しであっても生じたことこそ、大きな一歩であり希望だった。
(ひと先ずは期待するか……)
セレネ=アルマースは苦笑を浮かべ、魔界から人界へと力を顕現させた。闘いへと向けて力を召した。
シスター・マリア=アスビィルが墓標の前で、嗤った。
「良いぞ。先手は呉れて遣ろう。来るがよい、弱き者共よ」
悠然と佇む紅魔を、もう一方の魔によって生み出された闇が覆い――
どおぉんッッ!!
弾けた。
神魔の闘いが再び始まる合図だった。