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「まったく…… 真面目なセレネくんを怒らせて主導権を取るなどと、相変わらず無茶をしますね。まあ、セレネくんを戦わせるよりは貴女が前面に出た方が安全でしょうが……」
憤怒や嫉妬など、比較的負の側面が強い感情を抱いた人間を、悪魔は御しやすい。此度もまた、感情を乱した人間を悪魔が支配したのだった。
(……今回の場合、憤怒というよりは嫉妬だがな。まさかこやつ、気付いていないのか)
悪魔は内心で呆れつつも、這入りこんだ身体を伸ばして具合を試した。違和感なく操れることを確認し、金の髪をばさりと払った。そして、彼女は紅き瞳をシスター・マリア=アスビィルへと向けた。
紅魔もまた墓標から腰を上げ、腕や脚を伸ばして戦いに備えていた。紅玉を細めて、玩具遊びを控えた幼子のように無邪気な笑みを浮かべた。
「準備は整ったか? 数年は待ちぼうけた気分ぞえ。その分、楽しませて呉れるのじゃろうな?」
「現状出来ることはやった。待たせて済まなかったな」
そのように応じた魔の者の表情は硬かった。彼女達が今出来ることは全てやったが、それでも、未だに紅魔に遠く及ばないのが実情だったが為だろう。
(ルーヴァンスと精霊の術がどれだけ威力を増したかが鍵だな……)
セレネ=アルマースはシスター・マリア=アスビィルとの会話の合間に、視線を人の子と精霊へ向けた。
ティアリスはゆっくりとした足取りでルーヴァンスの隣へと向かっていた。同時に口の中で何事か呟いていた。伴って、彼女の手元が光り輝き、小さな麻袋が顕れた。それは、ルーヴァンスが彼女に渡したロケットペンダントが収まっている袋だった。
ティアリスはその袋の中からペンダントを取り出して首にかけ、黒髪をペンダントの鎖から出すように両手で払いのけた。長く艶やかな御髪が天上の紅を受けて鈍く照っていた。
女児は小さく息をついてから腰に手を当て、人の子を睥睨した。
「ヴァン。ワタシが渡した髪飾りはどうしたです?」
「アレでしたら懐に常に入れていますよ。何時でもティアの温もりを感じられるように……」
ぞわぞわ。
精霊さまの細くしなやかな白き腕に寒気が駆け抜けて、鳥肌が立った。