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白髪の悪魔は苦笑し、緩められた精霊さまの手から逃れた。黒翼を羽ばたかせて残る人の子の元へと向かった。
セレネの肩にちょこんと小さな小さな魔が座った。
「あ、アルマースさん! 是非、ボクにもヴァン先生の記憶を――」
「お前には不要だ」
期待に満ちた瞳を向けてくる少女に、白き魔はつれない言葉を返した。その後、顎に手を当てて少しばかり考え込み、淡紅色の瞳を細めた。人の子のしなやかな金髪をかき分けて耳元に小さな口を寄せた。
「代わりに想い出話をしてやろう。あれは確か……」
しばらくセレネは小さき悪魔の言葉に耳を傾けていた。
彼女たちの様子を瞳に映しつつ、シスター・マリア=アスビィルは口元を両手で抑えて大きく欠伸をした。いよいよ退屈の虫が騒ぎだしていた。痺れを切らして、戯れに町を破壊しださないとも限らなかった。
しかし、紅魔が破壊活動に移るよりも前に、セレネの顔色が漸う変わった。彼女は俯いて、つかつかと大地に転がる瓦礫を避けながらルーヴァンスのもとへとやって来た。彼の目の前でぱっと顔を上げた。
「ヴァン先生!」
「? どうかしましたか、セレネくん」
アルマースに言われた通り、素直に神のことを忘れようと努力していたルーヴァンスは、鬼気迫る表情の少女を瞳に映して眉を潜めた。恐らくは彼女もまた助言めいたことをされたのだろうが、何故にルーヴァンスへと迫るのかが全く分からなかった。
セレネが紅眼にうっすらと涙を浮かべた。
「あ、アルマースさんと一緒に毎日お風呂に入っていたというのは本当ですかッ!」
「……は? えっと、まあ、そうですね。ある意味では」
当時アルマースは、風呂時だろうと飯時だろうと頭の中に顕れて好き勝手に説教をしていた。一緒にお風呂に入っていたと言えなくもなかった。
師の言葉を耳にした少女は顔色を青くし、より顕著に涙を溜めた。
「ででで、ではッ! 朝はおはようのチューをして夜もおやすみのチューをしていたというのは――」
「ぶッ!」
今度こそ事実無根な過去だった。そも、ルーヴァンスとアルマースはそのような甘い関係では無かった。
訂正の為にルーヴァンスが口を開いた、その時――
しゅッ!
中空を漂っていた白髪の悪魔が露と消え去り、セレネの紅き瞳に冷静さが戻った。彼女は右手を何度か握ってから、小さく笑った。
「ふむ。約さずとも動かし易いな。セレネはお前よりもサタニテイル術士に向いていそうだな、ルーヴァンス」
セレネ=アルマースがルーヴァンスの右頬を撫ぜながら言った。
人の子は小さくため息をついた。