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『兎に角だ。ルーヴァンスは悪魔と接し過ぎたのだ。せめて、魔と関わらずに傷を抱えて人の中で暮らしたなら、どのような形であれ、何時かは人を赦し、人界を赦し、神を赦せただろう。それが叶わなかったのは悪魔の――いや、魔のせいだ。ゆえに、そいつは私と再び約すべきでは無い』
人が力を得ることは容易い。魔が力を与えることは容易い。
けれど、それでは未来へと向かえない。
『ルーヴァンス。取り敢えずお前は神のことを忘れろ』
「は?」
突然の申し出に人の子は眉を潜めた。話の流れが全く分からなかった。
『トリニテイル術は神との関係も肝要だが、今のお前がイルハードをどう意識しても無駄だ。ならば考えるな。奴を憎むな。奴を赦そうともするな。只、忘れろ。即席で出来ることなどそれくらいだ』
「いや、アルマース。忘れろと言われて直ぐに忘れられるわけが――」
『五月蠅い。黙れ。異論は認めん』
幼き声音の悪魔は問答無用で話を打っ遣った。
『次は精霊だ。セレネ、頼む』
「あ、はい。アリスちゃん。アルマースさんが何かお話があるそうです」
「あ?」
少女の通訳を受けて、精霊さまが迷惑そうに瞳を細めた。人の子を通じて会話をするのが面倒になってきていた。
「クソ悪魔その二。うっぜーんで、もういっそセレネに憑りついてくんねーですか」
「嫌ですよ!」
人の子に全力で拒否された。
魔の者もまたその気は無いようで、小さなため息を吐いてから言葉を人界へ飛ばした。
『仕方が無い。セレネ。地面に六芒星を描け。血は要らん』
「え? は、はい……」
頭へと響いた指示に従い、セレネがしゃがんだ。転がっていた石片を手に取って、魔を喚び込む図形を描いた。
『よし。少し離れていろ』
「はい」
再び頭へと去来した声の通りに、人の子は六芒星から距離を取った。
人と精霊の視線が大地に描かれた六角の図形へと注がれた。
『顕』
魔界からは言葉と共に力が雪がれ、ぽんっと小さな物音が響いた。
「ふむ。これで良かろう。私の声が聞こえるな、精霊」
六芒星の中心に顕れた手の平サイズの幼子が、腰に手を当てて居丈高に言った。真っ白な髪を微風に揺らし、淡紅色の瞳をティアリスへと向けていた。真紅のドレスは人形の為に作られたかのように小さく、装飾が細やかだった。