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ルーヴァンスが家族を失った戦も、歴史の上で幾度となく繰り返された争いも、事の発端は人間だった。悪魔が人を惑わしたことが無いわけではなかった。それでも、その割合は極めて低かった。
人界で、人間が、彼ら自身の意志で悲劇を生むのなら、何故に神や魔が力を与える必要が有るというのか。
「――というようなことをお話しされています」
セレネの通訳を耳にし、精霊さまが詰まらなそうな表情を浮かべ、鼻で嗤った。
「ふん。クソ悪魔の言葉は正しいです。イルハードのクソ神は、クソ悪魔が事の端を発した場合だけ私達を人界へ送るです。人の力では御せぬ場合に限って、精霊は人界に神の力を雪ぐのです。そして、そうで無い場合、人界のことはクソ人間共に任せるですよ」
精霊界における一般常識を口にしつつ、ティアリスは嘆息と共に肩を竦めた。下らない話に飽き飽きしたとでも言うように、ゆっくりと頭を振った。
実際、下らない議論だった。神に罪が有るかなど、魔に罪が有るかなど、人に罪が有るかなど、まったくもってどうでも良いことだった。どのような場合であっても、絶望などというモノは存在し得ず、希望すらも存在し得ず、そこに在るのは只々事実のみだった。
罪が生じたから如何ということも無く、罰が加えられたから如何ということも無い。或いは人が死んだという事実が有り、或いは人が産まれたという事実が有り、或いは国が滅びたという事実が有り、或いは国が栄えたという事実が有る。何時如何なる時であっても、四界は事実の積み重ねでしか無かった。
誰が良い悪いなどと拘るのは何時だって愚かな人間だけだった。
ゆえに、精霊だけでなく悪魔もまた、呆れた様子で人と魔の言い合いを眺めていたが、終には深い深いため息までをも吐いた。
「まったく…… いい加減にせぬか、お主ら。ウチは口喧嘩の為に時を与えた積もりは無いぞえ」
紅魔が冷静な言の葉を投げかけた。
人と魔は気まずげに舌打ちした。
『そうだな。済まん。取り乱した』
素直に謝罪を口にして、アルマースは話を戻した。