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セレネがにこりと微笑み、すっと手を伸ばす。
「さあ、皆さんが道をあけてくれましたよ。ボクと一緒に行きましょう。ところで、初めましてだと思いますけど、今日から初等科に入塾するのかしら?」
少女の言葉に、女児が両の手の平でぐしぐしと涙を拭いて首を傾げる。
「入塾? 何を言っていやがるのですか?」
空色の瞳が訝しげにセレネを見た。
しかし、彼女は直ぐに微笑む。晴れ渡る空の如く健やかである。
にこっ。
「よくわからねーですが、助かりやがったのですよ」
ぺこり。
暴言ばかり吐いている様からは予想不可能なほど、女児は丁寧に頭を下げた。
(うーん。すっごいギャップ……)
ぱちくりと瞳を瞬かせて、セレネが苦笑する。
女児は構わずに言葉を続ける。
「すまねーですが、ワタシは急がないといけねーのです」
半身を少女へと向けて、彼女は右手をシュタッと上げて見せた。黒き艶やかな髪をなびかせ先を行く。
そして、瞳を細め、にっこりと笑った。
「またあとでお礼に伺いやがるのですよ、セレネ!」
「え? いきなり呼び捨て? い、いや、それはどうでもいいけど…… ちょっと待って――」
国営塾へと向けて駆け出した女児を追って、セレネもまた駆け出す。子供のくせに存外足が速いようで、なかなか追いつけない。
人々の間を抜けて、いよいよ建物が近づいてきた。そこで、セレネはようやく異変に気づく。
(……警邏隊? 事件?)
どおおぉんッ!
ひときわ大きな物音が響き、悲鳴が轟いた。
「ちぃ! 下級悪魔ごときが調子に乗っていやがりますね! 鬱陶しいったらねーです!」
「え? え?」
目の前を駆ける女児の言葉に、セレネの脳が追いつかない。
(下級――アクマ? ……悪……魔……?)
彼女の言葉が真実であるのなら、この場にはリストールの町を覆っている闇の本体が存在していることになる。
(この子の妄想? でも、警邏隊がいて、さっき悲鳴が……)
「きゃあああああぁあ!」
「うわあああああぁあ!」
先ほどよりも近いところで悲鳴が響いた。
声を上げたのは、セレネの左側に佇んでいる男女であった。
そして、彼らの瞳に映るのは――
『餓鬼を嬲り殺す、か』
にいぃ。
『こいつぁ、最高の娯楽だな。くくく』
歪んだ口元も瞳も真紅に染まっていた。
人足り得ないその姿。
「……あく……ま……?」