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『今のアスビィルを相手取るには、この町の人間を殺し尽くして血六芒星を描くぐらいのことをしなければならない。それは私の望むところでは無い』
「――だそうですよ。アリスちゃん」
悪魔の言にやや遅れて、人の子がまったく同じ内容を口にしていた。精霊さまには聞くことの出来ない声を、セレネが一々代弁した。そうして、精霊と悪魔の会話は成立していた。
ティアリスは、寛いでいるシスター・マリア=アスビィルを瞳に映して眉を潜めた。
「ならどうするです? ヴァンがアンタと組めば――」
『それも駄目だ。ルーヴァンスとは約さん』
魔が言い切った。
話題の中心である人もまた、苦笑と共に首を横に振った。
「まあ確かに、こんなクソ野郎と組みたくはないでしょうが…… ワタシも勘弁して欲しいですし……」
『そういった理由では無い。確かに、十年前と比べて全く可愛く無いのはアレだが、約さぬ理由とはなら無い』
かつて共に歩んだ悪魔の言葉に次いで、人の子が肩を竦めて自嘲した。
「アルマースが言うには、僕は魔と歩まぬ方が良いそうです。唾棄すべき神の道を行けと、十年前に別れた時に忠告されました。何もせぬ役立たずのイルハードと共に在れとね」
『……ふぅ。相変わらずのようだな、ルーヴァンスよ。甲斐無き小僧だ』
声だけでもアルマースの失望が窺えた。幼き声音は冷静さを帯び、未だ幼き心根の青年を説いた。
『貴様も精霊と共に在ることを選択した以上、神の奴は横着で怠惰なだけで絶望を愛しているわけでは無いことを理解した筈だ。何時までも捻くれたことばかり口にせず――』
「……相変わらず口煩いな」
思わずといった調子でルーヴァンスが憎まれ口を叩いた。
魔より出でた声音に苛立たしげな気配が漂った。
『……いい加減にしろよ、小僧……!』
びくッ!
ルーヴァンスとセレネ。人の子二人が肩を震わせた。低く抑えた声が彼らの頭に冷たく響いた。
『人の世の悲劇は大概人のものだ。神に罪など無い。全てお前達がお前達自身で招いたことだ。しかし、お前達は何時だって勝手に絶望し、神を呪い、魔に縋る。神に甘えるな! 魔に甘えるな!』
叱咤を耳に入れて人の子は眉を潜めた。
「……な、んだよ。何だよ、突然! 第一、イルハードに罪が無いわけあるかよ! あいつは何時だって俺たちを見捨ててのうのうとしているじゃないか!」
『神の奴が何故お前らの尻拭いをしなければならん! 本来、私達でさえもお前らに力を与える義務は無い! 人が始めた戦を終わらせるのならば、人は人の力でその全てを片付けるべきではないか! しかし、お前らは神の救済を望み、叶わなければ呪いを口にし、果ては私達を望む! そのような考えこそが甘えていると言っているのだ!』
「ぐっ!」
魔の主張に、人の子は言葉を詰まらせた。