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「やはりお主、その人間と約しておらぬというのは真のようじゃな。只の干渉のみでウチと対するとは――ウチを舐めておるのか?」
ざわり。
悪魔たちの会話に耳を傾けていた人の子や精霊に、おぞ気が走った。
大地に佇む紅魔からは、目視できる程に殺気が迸っていた。
しかし、もう一方の魔は飄々とした様子で言葉を連ねた。
『お前と違い、備える刻が微少だったのだ。我侭を言うな。しかし、不満だと言うのならば、提案だ』
「何じゃ?」
先ほどから一転、楽しむように口の端を上げ、シスター・マリア=アスビィルは尋ねた。
『時間をよこせ』
馬鹿げた提案だった。敵対している相手に貴重な刻を与える者など居るはずが無かった。
しかし、アルマースには敵が肯う確信が有った。
アスビィルは、魔を切り離して放逐した神を憎み、悪魔を生み出して魔界へ隔離した人を憎んでいた。人を斬り裂き、人界を壊し、四界を終焉へ迎えることこそが彼女の希みだった。そして、それと共に彼女は闘いを好んだ。血を渇望し、焔に見惚れ、強き者との逢瀬に心を躍らせた。不利になろうとも、敗れる可能性があろうとも、彼女は強者を望んで生きてきた。
そのような彼女にとって、今のアルマースは、そして、ティアリスやルーヴァンスやセレネは、興味を惹かない圧倒的弱者でしか無かった。
故に、このまま楽に終わらせるよりは、幾ばくかの時を待って、愉しい殺し合いを望むに違いなかった。
「まあ、良かろう。手早くな」
果たして、予想の通りに紅魔は敵の頼みを聞きいれた。墓標の一つに腰を下ろして、脚を組んだ。紅色のレースが編み込まれた裾から白い肌が覗いた。
バサっ。
シスター・マリア=アスビィルが敵意を消すと直ぐに、白翼の女児と黒翼の少女は大地へと降り立った。
ルーヴァンスは紅魔の動向に注意を払いつつ、彼女たちの元へと駆け寄った。
「ティア! セレネくん! アルマースも久しぶりですね!」
「ヴァン先生!」
少女のみが嬉しそうに笑顔で変態を迎えた。
一方、他二名は反応を示さず、それぞれ未来のことを考えていた。
ティアリスは腕を組んで、不機嫌そうに言の葉を繰った。
「時間を稼いでどうしやがるです? セレネが正式にクソ悪魔その二と契約するですか?」
アルマースはその問いにゆっくりと頭を振った。