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「てめーに助けられるとは予想外です。あの紅いクソ以上に強力な悪魔と契約したっつーことですか?」
セレネが気まずげに視線を逸らした。力の大小や現状については、彼女の認識の埒外に在った。
少女は、想い人が心配だという感情の果てに駆けつけたに過ぎなかった。
「……えっと、どうなのでしょう? アルマースさん」
人の子の疑問を受け、魔が言の葉を人界へと送った。
『否だ。現状の私はアスビィルと比して脆弱であり、お前と約したわけでも無い。精霊の認識は全て誤りだ』
「だそうです」
「何がです?」
ティアリスが眉を潜めた。
セレネもまた小首を傾げて訝った。
「何がって…… アルマースさんの話、聞いてました?」
「魔の言葉は悪魔と約す資質の有る者にしか聞こえぬぞ、人よ 。精霊も例外では無い」
可笑しそうに口元を歪めて、シスター・マリア=アスビィルが言った。
人界に降り立った魔は、攻撃の手を一旦止めて泰然自若と佇んでいた。紅き瞳はセレネを見据え、しかし、その向こうに居る旧友を幻視ていた。
「ウチはお主に協力を仰いだ心積もりじゃったが、何故敵対するのかのう」
『血六芒星完成の為、精霊の足止めをするようにとの依頼は受けた。が、それ以上を頼まれた記憶は無い』
「冷たいのう」
残念そうに呟いてから、紅魔はくつくつと笑った。
「まあ、それでこそ悪魔よな。そう在ることが貴様の本懐なのじゃろう?」
『そういうことだ。私は人を好いている。しかし、お前の本懐は人界の崩壊。こうして対することは必然であり、幾度となく迎えた予定調和。どうせ、お前が私に精霊の足止めを託し、わざわざ私を巻き込んだのも、この刻の為であろう?』
シスター・マリア=アスビィルが肩を竦めて見せた。アルマースの言っていることが分からないとでも言うように、頭を振った。しかし、彼女の紅き瞳は旧友の問を肯っていた。
「時に、アルマースよ」
呼びかけてから、紅き魔は右手を上げて突如、黒き光を放った。
黒光は瞬時に空を翔け――
すぅ。
セレネの腕が、彼女自身の意思と関係無く持ち上がり、黒き光を迎えた。光は右腕に吸い込まれて消え、伴って、セレネの中に多少の力が満ちた。
「防護では無く吸収、か。技巧に富みおって。ウチが本気を出せば吸収など能わぬぞ」
『知っている。だが、今はこうするより外に無い』
魔界から齎される言の葉を解し、シスター・マリア=アスビィルがすぅっと紅玉を細めた。