5-19
シスター・マリア=アスビィルは両手の十指が千切れるのにも構わず、力を放ち続けた。
破壊の光は人の子と精霊にそれぞれ迫り、共に霧消した。
「第一精霊術『煌々壁』!」
微弱な精霊の力は紅魔の力に及ばないはずだった。そうであるにも拘わらず、精霊の術は容易に悪魔の紅黒い光を妨げた。
「はあぁあ!」
気合い一閃。ルーヴァンスが光刃を突き出した。
光は魔の胸に吸い込まれた。
「……ぐっ……」
シスター・マリア=アスビィルがなけなしの力を振り絞って後ろに跳んだ。肩から、胸から、腕から、指先から、そして、口元から赤黒い液体を止め処なく流し、ついには膝をついた。
対する人の子も精霊も、その好機を見逃すわけが無かった。天上と地上から、風前の灯火となった魔へと迫って行った。
最期の時が近づく中で、しかし紅魔は、冷静に力の流れを読んでいた。魔界に居るアスビィル本体は一定の力を人界へ注いでいた。その力が全てシスター・マリア=アスビィルに集っているのならば、現状は考えられなかった。
神の力――トリニテイル術が魔を退けたのならば、神と人の子と精霊の絆が強くなった結果だっただろう。しかし、実際は精霊の力が破壊を妨げた。
相性に左右されるトリニテイル術の威力が突如変化することはあり得た。しかし、精霊単独の力が大きく変化することはあり得なかった。
そこから捻出される結論は、傀儡へ集うアスビィルの力が弱くなっているという事実に他ならなかった。
「……なるほどのぉ」
刹那、悪魔は全てを察した。その視線は、ある一点で止まった。
神を抱く筈の者の内に――魔が在った。
魔を内に秘めたルーンヴァンスを見つめ、アスビィルは指が数本しか残っていない右手で口元の紅を拭い、辛苦の時を楽しむように嗤った。
伏せた瞳には徐々に紅が差し始めた。海の青は血の紅へと再び変じた。
伴って、シスター・マリア=アスビィルには再び紅魔の強き力が満ちた。血六芒星の恩恵がただ一点に収束した。
すぅ。
爛れた皮膚は白へと変じ、千切れかけた四肢はスラリと伸びた。落ちた指は細く白く元の通りに成った。黄金に輝く御髪も紅き瞳も元と違わず、傷だらけの悪魔は瞬時に人の形を取り戻した。
彼女が身に纏う漆黒の衣服は紅き液体を吸って紅魔に相応しき色合いを帯び、所々が破けて白き肌が覗いていた。極力肌の露出を避けて父なる神に仕えていたシスターとしての面影は、何処にも無かった。