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紅魔のそういった回避行動は苦し紛れの果てにあった。彼女の重心は崩れ、次の行動へと移る余裕を残していなかった。
人の子はそこへ追撃をかけた。右の手の刃を下方から掬い上げた。
「くッ!」
小さな呻きと共に黒翼を背に抱き、シスター・マリア=アスビィルは天上へ逃れた。
しかしそこには、白翼を有した精霊が居た。
「第十五精霊術『蓬雷電』!!」
「ぐあッ!」
ビリいぃイ!!
白き雷が紅魔を襲った。
平生であればどうということも無い一撃に、魔は痛みと屈辱を覚えて息を詰まらせた。脱力感に襲われていた。
しかし、彼女に休んでいる暇など無かった。
ティアリスは背の翼を消して、重力に逆らわずに大地へと落ちた。瞬間にルーヴァンスの背後へと降り立ち、彼の背に触れた。
神界より御力が産まれ出で、人界に満ちた。
力を得た人はソレを術と成した。
「神炎っっ!!」
ごおおぉお!!
轟炎が魔を呑み込まんと欲した。
「ちぃ!」
余裕無き様子でシスター・マリア=アスビィルが両腕を突き出した。伴って、黒き障壁が生じた。
しかし、闇の帳はあっさりと弾け、炎に呑まれた。
「がああああぁあ!!」
紅魔が叫んだ。熱さに、痛みに、声を嗄らした。
闇の住人は仰け反って苦しみに呻いた。白い喉を押さえて必死に耐えていた。
そこで手を緩める程、精霊も人も慈悲深くは無かった。
再び、神の加護が彼らを包んだ。光が力と成った。
「神刀っっっっっ!!!!!」
力強き言葉に続いて、巨大な光刃が振り下ろされた。
ずッ!
光がすんなりと紅魔の左半身を引き裂いた。
左肩から腹部まで切り裂かれた魔の身体からは、赤黒い体内が覗いていた。
「……何故……ごふっ」
悪魔の紅々とした口元から赤黒い液体が漏れ出でた。その瞳にはいつの間にか海のような青が差していた。
紅き魔の支配が弱まった証左であった。
「いける……ッ!」
勝機を見いだした人の子が光の刃を薙いだ。
ぼと。
白く細長い指が数本墜ちた。
びちゃ。
悪魔の腹が割け、紅が大地を穢した。
ぐチゃあッ。
臓物が腹の傷口から垂れて出でた。紅がドクドクと溢れて地面を染めた。
痛みを、苦しみを、何とか軽減しようと、アスビィルはシスター・マリアの身体に力を送り込み続けた。しかし、能わなかった。力は屍体へ至らず、何処か別の所へと流れてしまった。
紅魔の姿は哀れのひと言に尽きた。数多の傷をその身に刻み、痛みに、苦しみに、青白い顔を歪めていた。