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朝陽が町を照らす中、セレネが北へと続く大路を進んでいた。海洋学の講義に出席するため、国営塾へと向かっていた。
彼女は歩を進めるうちに、通行人の数がいつもよりも多いことに気づいた。
(何かあったのかしら? 皆さん、塾の方へ向かわれているようだけど……)
予想の通り、塾へと近づくにつれて人の数が増えていった。そして、塾を囲むように人垣が出来上がっていた。
(……入塾希望者? それとも、ヴァン先生のファン?)
少女の思考の前半はともかく後半はあり得ないだろう。
ルーヴァンス=グレイの性癖は町の皆の知るところだ。嫌煙されこそすれ、好感を得られるはずもない。そして実際、集った者たちはグレイ氏のファン活動にいそしむ愚者ではない。
しかし、彼らは別の意味で愚かであった。正確なところを知らぬにもかかわらず騒ぎにつられてわざわざ集っただけの、救いようのない馬鹿だった。時にその愚行は命取りとなるというのに。
人の子の愚かさは光を遠ざけ闇を助長する。
「うっぜーですよ! とっととどきやがるですよ!」
「えっ?」
ソプラノの暴言を耳に入れ、セレネがぱちくりと瞳をまたたかせる。
暴言の主は、人垣の外側にいた。ぬばたまの髪をぴょんぴょんと揺らして、愚者たちを罵っている。
(子供?)
「このワタシが派遣されておいて大量に死なれちゃ、第一級トリニテイル術士の沽券に関わりやがるのですよ! マジどけです! 邪魔です! ぶっ殺すですよ!」
何を言っているのか、さっぱり分からない。その上、物騒だった。
(う、うわぁ…… よく分からないけど、関わらない方がいいかなぁ?)
セレネは一歩後ろに下がる。
「こっのクソ虫どもが! 脳髄をぶちまけろです!」
(怖っ。別ルートで塾行こうかな)
もう一歩下がる。
「く、砕け散っちまえなのですよお!」
(あ。でも、ちょっと涙声になってきた)
ぴたりと、足が止まる。
「ど、どくですよ! じゃま……う、うああああああぁあんッ! ばかあぁあ、ですううぅうっ!」
道をあけない愚者たちの背を見つめて、女児が泣き叫んだ。
大きな空色の瞳から、大粒の涙がぽろぽろ零れる。
(……あーあ、泣いちゃった)
セレネはホワイトのロングスカートをふわりと揺らして、一歩前に出る。
(はぁ、仕方ないなあ)
人混みの後ろでぽろぽろと雫を落としている子供に、近づいていく。女児の頭にぽんっと手を乗せ、軽く撫でる。
そして、すぅと大きく息を吸う。
「ボクはセレネ=アントニウス! 国営塾に用があります! 皆さん、どうか道をあけて下さい!」
ざわッ!
人垣を形成していた者たちが一斉に振り返る。そして、直ぐさま道をあけた。
あたかも、かつての預言者が海を二分したかの如くである。
町の有力者、アントニウス卿のご息女という立場は伊達ではないようだ。