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「ボクはセレネといいます。……えっと、というか、ボクはなぜ寝ていたのでしょう? ちょっと身体が痛いし…… それに、避難って?」
頭に響くアルマースの声を受けて、セレネが丁寧に頭を下げた。傍から見ると妙な光景だった。
「? お前、悪魔に無理やり操られたみたいになって、んで、ティアリスさんにぶっ飛ばされたんだよ。覚えてないの?」
悪魔アルマースの声が聞こえないヘリオスは、首を傾げつつ、セレネの言葉に返答した。
アルマースに尋ねたつもりだったセレネは、悪魔の声が他の者に聞こえていない事実をようやく察した。
『無理やりとは心外だな。多少、理性のたがを外して力を与えただけだぞ。全ての行動はお前自身の願いだ。アスビィルに頼まれたのは精霊の足止めであったから、やり過ぎない程度にとどめたしな』
幼い声音が、言い訳めいたことを可笑しそうに語った。如何なる事情や多少の気遣いがあろうとも、セレネを操って利用したことには変わりないと自覚していた。
言外に謝罪の気持ちを汲み取ったセレネは、苦笑してからゆっくりと頭を振った。
「まあ、それはいいとして、何故まだいらっしゃるのですか?」
ひそひそと、可能な限り潜めた声でセレネが尋ねた。
周りがざわざわと騒がしいため、彼女の声が聞きとがめられることはなかった。
『もとより私は、人界へ顕現していたわけではない。魔界に居るままで、お前に声や力を送っているだけだ。それゆえに、精霊の攻撃を受けようがどうしようが、私が傷つくことはないし、滅びる謂われもない』
「……それで、ボクだけが痛い目を見たというわけですね」
『そうだな。ご苦労なことだ。まあ、死ななくてよかっただろう。実にめでたい』
悪びれた様子のない声に、セレネが苛立った。頬を膨らませて何処とも無く睨み付けた。
彼女の頭の中で、アルマースが舌を出してみせた。その光景が瞳に映ったわけではなかったが、セレネはそう感じた。
すっ。
憤懣やるかたなしといった様子のセレネの隣に、ミッシェルが近寄った。
「セレネ」
「あ、ママ。ご心配おかけしてごめんなさい」
セレネとヘリオスの母、ミッシェルは、何かにつけて心配性で、子供たちが怪我をしたり病気をしたりすると、直ぐに泣き出すのが常だった。それゆえ、セレネはこういった場合、直ぐに謝るクセがついていた。
ミッシェルはそんな娘に微笑みかけて――
「アルマースはそういう性格ですし、適度に話を流すのが付き合う上でのコツですよ」
「……え?」
予想外の言葉に、セレネは呆けた。