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(人の弱い心と浅ましい願いにつけ込んだ、悪魔側からの召喚要請か。だからこそ、実力不足であってもこんな強力な奴を……)
本来、術士に実力が無ければ悪魔は応えすらしない。実力の不足した人間を介した場合だと、人界で奮える力に大幅な制限がかかってしまうためである。
アスビィルはそのような『常識』を無視した。術士の実力不足は巨大な血六芒星で補い、人界へ降り立つことをまず優先した。
(しかし、なら――)
「とっとと離せです!」
がしっ!
ティアリスはルーヴァンスの鳩尾に拳をたたき込み、彼が痛みによって動きを止めている隙にその腕から逃れた。大地に雄々しく立って、人の子を睥睨した。
「はうっ。い、痛いですよ、ティア」
「痛くしたんですよ」
ルーヴァンスは、腹を辛そうに押さえつつも、彼女に続いて立ち上がった。
彼がシスター・マリア=アスビィルに瞳を向けると、紅魔は飄々とした様子で佇んでいた。直ぐに追撃をかける気はないようだった。人の子も精霊も脅威になり得ない。紅魔にとって彼らとの戦いは只の戯れでしかなかった。
同様に魔の様子を窺っていたティアリスは、眉を潜めて舌打ちをした。そうしてから、指をくいくいと動かして、隣に佇む人の子にかがむように指示した。
ルーヴァンスが腰を曲げてティアリスの口元に耳を寄せた。伴って、息遣いが多少荒くなった。
ティアリスはとてつもなく嫌そうな顔を浮かべつつも、言葉を紡いだ。
「ヴァン。元サタニテイル術士の見解を聞かせろです。この状況は打開可能ですか?」
囁き声で、精霊さまがそう尋ねた。
彼女――トリニテイル術士としては、現状で勝算がないと判断せざるを得なかった。ルーヴァンスとティアリスの間の信頼関係が希薄過ぎるがゆえの判断だった。トリニテイル術は神と人と精霊の相互理解や信頼関係が威力に直結してくる。そのため、彼らの関係性の悪さは致命的な欠点となっていた。
なれば、トリニテイル術のみに頼り続けたなら、大人しく死を待つしかないのだが、勿論、そのまま絶望を迎えるわけにはいかず、希望を模索せねばならない。生きている間は死を忌避し、生に執着するのが、命ある者の責務であり義務であった。
「まあ、薄氷の上に立つような状況ですが、まだ可能性はありますよ」
元サタニテイル術士には希望の道が微かながら見えていた。彼はまだ絶望にうちひしがれてはいなかった。彼は大きく息を吸ってから、紅魔を睨み付けた。そうして魔を牽制しつつ、口元に微かな笑みを浮かべた。