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「ったく、めんどくせーことになりやがったですよ」
ぼやく精霊さまの視線の先で、紅い光の中から人影が進み出でた。
「女性? 彼女は確か――」
姿を現したのは輝く金の髪を爆風にたなびかせた女性――大聖堂で奉仕していたシスター・マリアだった。
シスター・マリアのようなソレは、すっすと静かに歩みを進め、人の子と精霊さまの佇む場所からある一定の距離にまで至るとスタッと立ち止まって、裾の長い黒スカートの両端をつまみ恭しく礼をした。神に仕える者が纏う質素な黒き衣服だったものは、同じく黒を基調に置きながらも、所々に紅色のレースが編み込まれていた。
「生き返った? いや、これは……」
パドル=マイクロトフの本懐はコレだった。彼は罪人を裁きたかったわけではなかった。『エグリグル』の悪魔を喚び出したかったわけでもなかった。只、シスター・マリアの死を無かったことにしたかった。魔が持つ強き力をシスター・マリアの遺体に注ぎ込むことで、彼女の肉体の損傷を完治させ、こうして自立させるまでに至った。
しかし、それは蘇生ではなかった。そこに人の心は内在しない。失われた命は悪魔であっても、例え神であっても、呼び戻せない。命は何をもってしても購えない。死した者は世を去ることこそが理であり、ソレはあらゆる世界――神界、人界、魔界、精霊界のいずれにおいても覆ることは無い。
その証左であるのか、大海原のように碧かったシスターの瞳は、町に流れた大量の血を吸い取ったかの如き紅へと変じていた。彼女はもうシスター・マリアではあり得ず、魔に支配された愚かな人形でしか無かった。
その魔人形だけが、数多の生命を犠牲にした結果だった。願いの末路だった。
一連の事件の結末が無意味なものにしかなり得ぬことを願者は理解していた。理解しながらも、彼は愚かな夢を見た。人に、人界に、神に、全てに絶望して、恰も幸福だと錯覚し得るような愚かな幻想を求め、瞳を閉じたまま悪魔の誘惑に従った。愚かな珠玉の願いのために、彼は自らの人の心を犠牲にして五名の罪人を粛正し、その上で自らの命をも捧げた。
「ふん。くだらねーです。マジでくだらねーです」
呟いたティアリスの顔には緊張が見えた。その頬をひと筋の汗が伝った。
精霊さまにとって、人の子の愚かな夢想はどうでもよかった。けれど、彼女の目の前に佇むモノは夢でも幻でもなかった。圧倒的な力という名の現実だった。
シスター・マリアの顔をした紅き悪魔は、金の髪を揺らして頭を上げた。紅く大きな瞳には鋭い光が宿り、降り立ったばかりの人界を見渡していた。
派手に倒壊した大聖堂や見る影も無い墓地、町の惨状をひととおり紅へと刻んで、シスター・マリアだったモノは楽しそうに微笑んだ。ゾッとするような曇りの無い笑顔だった。
彼女はそのままの表情でルーヴァンスとティアリスを目にし、可笑しそうに瞳をより一層細めた。