1-12
「何を言っているんだ?」
不得要領なルーヴァンスの言葉に、ブルタスが眉をひそめた。
その時――
ヴン。
闇が空間に浮かび上がった。
濃い黒がどんどんと広がっていく。直ぐに人を飲み込まんばかりの大きさに成る。
「これは……何だ?」
「――ッ!」
とつじょ出現した黒き空間を――闇を、ブルタスはぼうっと見つめていた。
そのような彼に、ルーヴァンスが急ぎ体当たりをした。
二人は共に、地面に転がった。
「ぐ、グレイくん。何を……」
どんッ!
ブルタスの文句を遮って、炸裂音が響いた。人の子が佇んでいた大地に、巨大な穴が穿たれた。
そして、闇よりも深い闇が生じる。
『……ふん。紛らわしいな。何やら術士の気配を感じ、何か用向きかと来てみれば、全く別の術士か』
暗い闇の奥から、漆黒の身体が出でた。人によく似た姿をしているが、その身の丈は人の二倍以上である。眼球と口内が血のように赤々としている。
「あ、悪魔か!? ちぃ! 第三小隊、構え!」
顕れた闇の者に気圧されることなく、ブルタスがルーヴァンスをつれて後退し、叫んだ。
警邏隊員たちは伝播していた動揺を抑えて、命に従う。背中に備えていた弓矢を構える。
「てえッ!」
びゅびゅびゅ!
一斉に放たれた矢が悪魔に迫る。
しかし、黒き者は平然と佇んでいた。
ぱァんっ!
鋭い物音に伴って、矢が反射する。
「ぐっ!」
「あぁ!」
方々から悲鳴が漏れた。
警邏隊員たちが矢を身に受けてうずくまる。頭蓋や胸に一撃を受けて絶命してしまった者もいる。
『ふん。まあいい。ついでだ。遊ばせてもらおう』
ひゅん!
空気を切り裂くように、悪魔が凄まじい速度で飛んだ。
「ぎゃああああぁあ!」
「がッ! た、たいちょ……」
ざしゅッ! ざしゅッ!
集っていた警邏隊員たちから悲鳴が轟いた。
闇は、彼らの間を自由に飛び回り、気まぐれに、長く鋭い爪で切り裂いていく。かの一撃は、浅くない傷を人の肉体に刻む。
人々は緩慢と死出の旅路へ向かう。
「第一小隊前に! 第二小隊は負傷者を救助しろ!」
隊長から新たな命が下された。
しかし、場が混乱しているせいで、有効な行動を取れる者が少ない。
「しっかりしろ! ここでそいつを撃退すれば全てが終わるんだぞ!」
人が混乱の中で希望を叫ぶ。
しかし――
『……ふんッ』
悪魔は人の微かな希みを嘲笑った。