5-1
ブルタス=ゴムズは上空をぼうっと眺めていた。
ほんの少し前、そこには白翼の者と黒翼の者が居た。遠目ゆえに判然としなかったが、例の精霊さまが魔に憑かれたモノを相手取っているように見えた。直ぐに白は黒を撃退して大地へと降りていった。
ブルタスは魔が退けられたのだと快哉を叫んだ。しかし、喜びは束の間の幻想だった。
「これは一体……」
掠れた声で呟いて、天上が紅く染まっていくのを見つめて呆けたが、彼は直ぐに正気を取り戻した。隣で同じく呆けていた隊員に胴間声で指示を出した。
「町民を避難させるぞ! 警邏で散開している隊員一同に伝えろ!」
「えっ、あっ、ど、何処へ……?」
隊員が判然としない頭で単純な疑問を呈した。
隊長は寸の間考え込んだ。ルーヴァンス=グレイやティアリスの言葉を思い起こせば、危険の中心は大聖堂のようだった。事実、紅き光は大聖堂を中心に置いていた。なれば、かの地から離れ、尚且つ、人が集うだけの広さがある場所――
「港だ」
リストールの町が誇る大聖堂を中心に置き、紅き光が縦横無尽に駆け抜けていた。
南から北東へ、そのまま北西へと向かい、まずは逆三角形が描かれた。続けて、北、南東、南西と紅が走り、正三角形が描き出された。それら二つの三角形から、紅き六芒星が完成した。
町を、大地を、海上を、そして、天上を紅が染め抜いた。
強き力が人界に満ちた。
ひゅうっ!
その発光のなか、風を切って翔る者がいた。その者はキッと先を睨み付けて、アントニウス邸の窓ガラスへと迷い無く突っ込んでいった。
がしゃあんッ!
「第十精霊術『聖打』、蹴りバージョンっ!」
がんっ!
ルーヴァンス=グレイの顔面にティアリスの小さなおみ足がめり込んだ。
「ぶふっ!」
華麗な跳び蹴りののち、精霊さまがしゅったと上手に着地した。
一方で、人の子は床に転がった。
「……あ、あの、なぜ?」
「何をむざむざ殺されちまいやがっているのですか! いくらトリニテイル術でも、信頼関係皆無のワタシとてめーじゃ『エグリグル』の悪魔の相手は分が――」
眼光するどく怒鳴りつけた女児は、そこで口を噤んだ。
床に散乱する肉片を瞳に映し、無表情で頷いた。
「こいつが、パドルっつークソ虫ですか?」
「……はい」
「ちっ。そういうことでいやがるですか。これだからクソ虫はうっぜーんですよ、まったく……」
自らを殺して血六芒星を完成させるなどという愚かな選択肢を、どうやら精霊さまも想定していなかったようだった。首を左右に振り、うんざりとした様子で呟いた。
しかし、直ぐに嘲るように嗤った。