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セレネは今、自分の欲に忠実になっている。逆に言えば、彼女の望まぬことは決して為さない。
なれば、自宅や自室をなるべく壊したくないと願うのは道理だった。
(……ふん。これなら、トリニテイル術なしでもどうにかなりやがるですね)
ティアリスが口の端を持ち上げて不敵に笑った。
セレネは、埃や土塊が盛大に散乱する自宅の惨状を瞳に映し、肩を竦めた。面倒そうにため息をついて、右頬を右の手で包む。そして、悩ましげに独白した。
「嫌だなぁ。これじゃあ、お掃除が大変です。早くアリスちゃんを殺さないと……」
「こっちはこっちで大変なんですよ、セレネ。てめーのアホな恋愛脳に付き合ってる場合じゃねーんです。この変態好きの阿呆クソ虫」
挑発するように言い放ってから、ティアリスが腕を壁へと向けた。
「第七精霊術『聖霊弾』!」
どおおぉんッ!
数発の光弾が放たれ、激しい爆発が起きた。廊下の壁、天井、床が大きく穿たれ、ちょっとした衝撃でヘリオスがいる辺りもまた倒壊しかねない状況へと陥った。
魔に囚われたというセレネよりも、精霊たるティアリスの方がよっぽど破壊活動に勤しんでいた。彼女は破壊の結果の穴からぴょんっと飛び出した。
「第二精霊術『天翼』!」
ばさっ。
白翼を羽ばたかせて、黒髪の女児が天空へと一気にかけ昇った。遥か天上にて視線を下げて、大地へと円らな瞳を向けた。
所々壊れてしまっている屋敷から、双子の視線が天を仰いでいた。一人は何やら言いたげにし、一人は憎しみのこもった瞳を携え、黒髪白翼の女児を見上げていた。
「はっ。糞ガキ共がうっぜー目で見ていやがるです。まったく…… 何だかめんどーになってきやがりましたし、手っ取り早くあいつらをまとめて精霊術でぶっ飛ばすのもいいですかねー」
精霊さまはまるで悪魔のような言葉を吐き、それから、地を這う人間たちを嘲笑った。そして、ゆっくりと首を振った。白翼を羽ばたかせるのみで、それ以上に精霊の力を発現する様子は無かった。
どうやら、言葉のままに力を放つ気はないようだった。
「魔翼!」
セレネがティアリスを追って大空へと飛び出した。背に生える真っ黒な翼をはためかせて、中空を駆け上がった。
ばさっ! ひゅっ!
セレネは急激に速度を上げて目標を目指した。一瞬のうちにティアリスの元へと至った。
「漆黒の槍!」
力強い言葉に伴って、少女の腕に夜よりも深い闇が集い、鋭い突起と成った。その闇はどんどんと肥大化し、精霊を飲み込まんばかりに大きく変じた。
その闇と共にセレネが空を昇った。そして、そのまま彼女自身が巨大な黒き槍と成った。