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セメント・オブ・トリニティ  作者: makerSat
1.人と悪魔と精霊と
12/186

1-11

 ざわざわざわざわ。

 翌朝、ルーヴァンスが国営塾に出勤すると、塾の周辺を人が埋め尽くしていた。老若男女問わず、不安げに塾の方向を見つめている。

 陽の光が町を照らす中、闇が人々の瞳に宿っている。

「……どうかしたのでしょうか?」

 呟いて、ルーヴァンスは人混みをかき分ける。

 数刻かけて厚い人垣を抜け、彼は警邏隊員がバリケードを張っている位置にまでたどり着く。そこで、見知った顔を見つけた。

 シルバーグレイの髪と口髭が特徴的な中年男性――国営塾の塾長だ。彼の隣には、ブルタス=ゴムズ警邏隊本部隊長も居る。

「塾長。それに、ゴムズさんも」

「グレイくんか。ああ、その人は入れていい」

 隊長の言葉を受けて、警邏隊員は押さえつけていたルーヴァンスの身体を離す。彼は敬礼をしてから別の野次馬を抑えにかかった。

 すっ。

 人垣の内側へ入ると、尋常ではない騒ぎであることが知れた。決して狭くはない国営塾の敷地を、野次馬が途切れなく囲んでいる。

「これはいったい……?」

「る、ルーヴァンス先生。あの、その、とんでもないことが……」

 蒼白になった国営塾の塾長を瞳に入れ、ルーヴァンスが首を傾げる。

 しかし、すぐに思い至る。

 今、リストールの町でこれほどに人が集まる事件は他にない。

 鉄の匂いが鼻腔をくすぐって逃げていく。

 だッ!

 ルーヴァンスが駆けだした。吐き気を催す臭いの元を探る。

(塾の裏か!)

 塾舎の側壁に沿って駆けて行くにつれ、どんどんと臭いが濃くなっていく。

「……ぐっ」

 裏手へ飛び込むと、まずは赤が目に入った。

 多量の紅き液体が地面を染めている。

 次に目に入ったのは頭部だ。

 血の気が完全に抜けた青白い顔は、恐怖と苦痛に歪んでいる。壮絶な最期を迎えたことは想像に難くない。

(……コレは、海洋学担当のエクマン先生か)

「……エクマン氏とは親交があったのかね? グレイくん」

 いつの間にやら隣に佇んでいたブルタスが尋ねた。

「……ただの同僚以上の付き合いはありませんでしたが」

「そうか。とはいえ、知り合いのこんな姿を直接目にするのは辛いよな。俺らは一連の事件で、不本意ながら見慣れちまったところがあって配慮が足らんかった。すまない」

 暗い顔の塾講師を目にし、ブルタスが一人で納得した。申し訳なさそうに頭を下げる。

 しかし、ルーヴァンスは彼に連れられてここに来たわけではない。自分の意思で、自分の足で、絶望を目にしたのだ。わざわざ謝罪されるのはおかしい。

 塾講師は警邏隊の隊長の謝罪を手で制して、考え込む。

(いざ遺体を直接目にするとわかるが、やはり、今回の件に悪魔が関わっているのは確かなようだな……)

 この場に漂うのは、尋常ならざる濃い闇の気配であった。どのように残虐な殺人鬼であったとしても、人に出せる闇の深さを超えている。

 人が滅びを、或いは救いを望んだ結果、魔が別の世より這い出して来たに違いない。

(……この気配……)

「グレイくん?」

 無残な遺体を凝視しているルーヴァンスの様子を、ブルタスが訝った。

 銀髪の青年の金の瞳は、同僚の死を悼んでいるようにも、残虐な遺体を忌避しているようにも、そして、ブルタスには窺い知れない何かを嘲っているようにも見えた。

「光と共に…… それは、願望でしょう?」


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