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「ティア! セレネくんとヘリオスくんを頼みます!」
「余計なことを言ってねーで、とっとと昨日ご飯を食べた部屋に行けです! クソ悪魔はそこにいやがるはずです!」
忠告をしたあと、精霊さまは不機嫌そうに舌打ちをした。
「いくらキモくてクソうっぜーとはいっても、今のとこまともな相棒はてめーしかいねーんです! 死んだら殺すですからね、ヴァン!」
「はい!」
珍しく女児の言葉が、少なからずの優しさを含んでいたためだろう。変態の笑顔が輝いた。そして彼は、セレネに対して少しばかり心配そうな視線を送ってから、勢いよく走り去った。
その様を見送った精霊さまは、やはり不機嫌そうに首を振った。
「ったく、余計な時間をくったです。あっちのクソ虫どもが手遅れになっていやがったら、ヴァンを百回くれー殺すですかね」
「えっと…… 何があってもルーせんせえは殺される感じ?」
思わず、ヘリオスが呟いた。
精霊さまの瞳が細く細く絞られた。
「うっせーですよ、ガキ。ひたすら殴って半殺して、三十秒に一回海に沈めて、日当たりのいいところに磔にして乾くまでのあいだ、暇つぶしに聖霊弾の試し打ちの的にしてやりましょうか?」
「何そのフルセット?! ちょっとコメントしただけでそんなことされちゃうの?!」
ごもっともな不満だった。ルーヴァンスの相手でストレスを抱えているにしても、あまりに過剰な八つ当たりであると言えた。
改めて精霊さまの傍若無人ぶりを目の当たりにして、ヘリオスは寒気を覚えてぶるっと小さく震えた。女児が相手ならば何でも問題無しのルーヴァンスや、比較的ティアリスからの反応が柔らかいセレネと比べ、ヘリオスは耐性もなければ遠慮されることもないのだ。今後どのくらい付き合っていくことになるのか分からないが、少しばかり不安を覚えた。
「んなことより……」
ティアリスは人の子の心配など一切気にせずに、舌打ちをしつつ鋭い視線を双子の弟から姉へと遷移させた。
「くすくす。やった! ヴァン先生が行っちゃったのは残念ですけど、これで遠慮なく、アリスちゃんを殺せますね。巻き添えで殺しちゃったらごめんね、ヘリィ」
セレネには特別憎しみが満ちているわけでもなく、逆に、とても機嫌が良さそうであった。そしてだからこそ、恐ろしさが際立っていた。
「……セリィ」
「手伝えですよ、ガキ」
呟いて、ティアリスが指先で、ほんの少しだけヘリオスに触れた。
「神刀、プラス、神楯」
ヴン。
精霊さまの言葉にともなって、人の子の手に光の刃と楯が生まれた。
「これは、セリィやルーせんせえが昨日使ってた……」
「セレネんとこの血筋なのか、一応、てめーも術士の素質がありやがるです。不本意ですが、ワタシが協力してやるですから……」
そこで、ティアリスはいっそ気味が悪いほどに、機嫌良く笑った。
「さあ! ガキなら遠慮なく死んでくれて構わねーんで、神風の如く特攻しろです!」
びっ。
ティアリスが勢いよくセレネを指さした。
しかし、当然ながらヘリオスは飛び出さず、その場にステイした。神風に転じることを、是が非でも拒否した。
「いやまあ、セリィを元に戻したいし、事件も解決したいし、もちろん手伝えることは手伝うんだけどさ。できればオレも死なずに済ましたい」
「ちっ」
精霊さまが力強く舌打ちした。心の底から出でた、本気の舌打ちだった。