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「おぉ……! ティアの細くて可愛い小さな小さなあんよが僕の弁慶の泣き所をっ! い、痛きもちいい……!」
「うっせーです、この変態! 永眠しなさい!」
げしッ!
廊下に転がって悶絶する変態を、精霊さまが強く強く踏みつけた。そして、ぐりぐりと力を込めて床に押しつけ、蔑んだ瞳でねめつけた。
そのように冷たい視線を浴びせかけつつも、彼女は潜めた声で情報を人の子に下賜した。
「……ヴァン。他の悪魔も来ていやがるです。恐らく、パドルとかいうクソ虫と一緒にあのオッサンのところへ」
その言葉に起因して、多少の余裕が見えたルーヴァンスからふざけた様子が消えた。
「てめーはワタシから離れてもある程度の力を使えやがるよーですから、とっととあのうっぜー偉ぶったクソ虫じじいのところへ行けです。ワタシが行くまで、時間稼ぎしてろですよ」
彼女の言葉は暴言に塗れていたが、要はマルクァスを助けに行けと言っていた。ティアリスが悪魔の力を得たセレネを引き受け、ルーヴァンスにはパドルの相手を任せようとしていた。
「し、しかし……」
「なめんなっつってるです。セレネなんかワタシの華麗な精霊術だけでぶっとばせるですよ。きっめーてめーの力なんて、いらねーんです」
実のところ、彼女の言葉は嘘で塗り固められていた。昨日の戦いですら、彼女は人の力を借り、トリニテイル術の力を欲した。そういった事実は、彼女自身の力――精霊術だけではどうにもできなかったことの証左であった。
今のセレネはサタニテイル術の同化術を行使しており、魔化術を施されていた昨日の者以上の力が備わっていた。つまり、ティアリスひとりだけでは、当然ながら勝機がなかった。
ティアリスもそのことを承知しているはずだが、それでも、暴言を吐き続けた。人の子を遠ざけ、悪魔の奸計を破れる可能性の高い道筋を進もうとしていた。第一級トリニテイル術士としての誇りがそうさせるのだろう。
ルーヴァンスはその気持ちを汲み取り、ついに駆け出した。