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「やめなさい、セレネくん。ティアを――女児を殺すなど、とんでもないことですよ! 女児は人界の――いえ、四界の至宝です!」
「この期に及んでルーせんせえのブレなさときたら……」
ルーヴァンストヘリオスが平生の通りに、少しばかり巫山戯ている一方で、セレネ=アントニウスの瞳には妖しい光が宿った。恐らくはティアリスを庇ったのが気に障ったのだろう、キッとルーヴァンスを睨み付けた。
彼女の紅き視線には力が宿っていた。魔より出でた狂風が吹き荒れた。
「第一精霊術『煌々壁』!」
精霊さまの力強い言葉に伴って光の防壁が生じ、ティアリスとルーヴァンス、ヘリオスを覆った。
しかしながら、警邏隊員たちは全く守られなかった。彼らは魔風を全身に受けて、勢いよく吹き飛んだ。窓を破って、地上へと落ちていった。
名前も知らない人間を助けるほど、精霊さまは慈悲深くないらしい。
ヘリオスが窓の外に目をやり、哀れな隊員たちの様子を確認した。大地にうずくまって呻いている様は痛々しかったが、最悪の事態には陥っていないようだった。彼はホッとひと息ついて、視線をセレネへと戻した。
「ヴァン先生、どいて下さい! じゃないと、アリスちゃんを殺せません!」
相変わらず、双子の姉は物騒なことをのたまっていた。
ルーヴァンスが庇うようにティアリスの前に出た。
「セレネく――おわっ!」
ビシッ!
守護を買って出た者の左脚に対し、ティアリスが細いおみ足に不似合いな力強いローキックをかました。鋭い打撃音が瓦礫だらけの廊下に木霊した。
ティアリスはうずくまるルーヴァンスを睥睨し、それから、黒翼の少女を嘲った。
「はっ! なめんなです、セレネ。ヴァンがいようといまいと、てめーなんかに殺されるワタシじゃねーんですよ!」