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ベッドが弾けて、セレネの部屋を木片が飛び交った。皆の視界が塞がった。
ルーヴァンスは腕で顔を庇いながら、天蓋のみとなってしまったベッドだった物の方へと視線を向けようとした。しかし、セレネの生み出した暴風がそうすることを許さなかった。
そこで寝息を立てていたであろう精霊さまがどうなってしまったのかが気がかりだった。
「――ティア!」
名を叫んだ。
そうすることで現状が変わることは無いけれど、それでも声を上げずにはいられなかった。絶望を退けたいと願って声の限りに叫んだ。人は絶望の中でいつもそう在った。いつだって、絶望は絶望のままだった。人界はいつだってそうだった。
けれど、人界にとっては希有なことに、この時は絶望が希望に転換した。
「うるせーですよ、ヴァン」
迷惑そうな鈴の音色のような声音が、ルーヴァンスの直ぐ近くで聞こえた。
いつの間にやら、ティアリスがルーヴァンスの隣に佇んでいた。つい先ごろまで眠っていたのだろう。寝ぼけ眼をしきりにこすって、小さくあくびなどしていた。
「ティア!」
ほっとひと息つきつつ、ルーヴァンスが再び精霊さまの名を口にした。希望を確認するように呼んだ。
ティアリスはそんな人の子を鬱陶しそうに一瞥し、舌打ちした。
「クソ悪魔どもの強めな気配が二つも近づいてきやがれば嫌でも目が覚めるですよ。ったく、忌々しいですね」
そう呟いて、彼女は部屋の中で佇む黒翼を有した少女に瞳を向けた。そして、嘲笑った。
「はっ。セレネ。てめーはサタニテイル術士としても中途半端みてーですね。欲に支配されちまって、クソみてーな本能しか残ってねーじゃねーですか」
「アリスちゃんが死ねば…… そうすれば…… どうせアリスちゃんは――精霊は死んだって…… 生き返るんだから……」
ティアリスの言葉を意に介さず、セレネが笑顔を浮かべたままで無機質に呟き続けた。
彼女の様子を瞳に映して、双子の弟が顔色を青くして後ろに一歩下がった。
「……ルーせんせえ。あの、うちの姉、ここまで壊れてたっけ? せんせえが絡むと普段からアレではあるけど」
「いえ。セレネくん自身が心の底からティアの死を望んでいるとは限りませんよ。彼女は悪魔に主導権を握られる形で同化術を為したのでしょう。すると、人は欲に塗れてしまう。目的のために望まざる手段を採ってしまう」
生徒を庇ってから、ルーヴァンスは一歩進み出た。