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マルクァスは歯がみした。神父の言葉は間違っていない。神への祈りが届かず、悪魔への願いが聞き入れられる瞬間を、地方貴族アントニウス家の当主は幾度も目にしてきた。
「人は光――イルハード神と歩むがゆえ、絶望に囚われる。彼が力を分け与えぬがゆえ、私たちは悪しき力に抗えない。守りたいものを守れない」
人には多くの災厄が訪れる。時には悪魔の手により、時には自然の手により、そして時には、人の手により……
しかし、人はどうしようもなく無力だ。望もうとも無力ゆえに抗えず、死ぬしかない。守れずに、殺されるしかない。
そして、人が無力を呪ったとき、彼に力を与える者は――神は、いない。
「私は人の罪が許せず、人が許せず、マリアの死が許せず、マリアを守れなかった私自身が許せず、そして、彼の罪を、マリアを殺した彼の全てを、強く強く強く、憎んでしまいました」
「マリア? 先日亡くなったシスターか。そうか。それであの漁師を――」
がんッ!
独白した警邏隊員の身体が横向きに吹き飛ぶ。巻き込まれて、もう一人もまた壁を突き破って外へ落ちていった。
パドルはそれを、腕のひとふりで実現した。
残る護りは三名。
「その通りです。私が、私自身が、彼女に無残な仕打ちをしたあの男を殺した」
「なぜ――」
「なぜだと!?」
ぶん!
パドルの腕が再び振るわれ、不可視の力が残りの護りを吹き飛ばした。全員、もはや呻くことしか出来なかった。
場に残されたのは、被害者となるべき罪深き人の子のみとなった。
「逆に聞かせろ! なぜ! なぜ許せると言うのだ! いったいどうしたら、憎むべき人の罪を、人を許せると!」
激高する彼は、まさしく悪魔の如くであり、それゆえに、とても人らしかった。
マルクァスは悲しそうに、息をついた。そして、言の葉をつぐむ。
彼の神は、人と、人の罪を許すことを説いた。それは人の創作なのかもしれない。しかし、マルクァスも、かつてはパドルも、その創作を信じた。人の罪は許されるべきだと信じた。
けれど、神を信じた人は今、罪と人を憎む道を邁進していた。
「……その答えは、私も、そして、誰もが、一生を掛けて求めることであろう。なぁ、神父よ」
彼は、どんな絶望の闇を目にしても、その身で悪意や暴力を受けても、馬鹿げた希望の作り話を信じ続けたかった。どうしようもなく愚かだった。