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ぞわぞわ。
セレネの身体に悪寒が走った。
「だ、誰です!?」
『私は、魔界で燻る木っ端悪魔の一人だ』
(あ、悪魔!?)
人の子の頭の中は混迷を深めていた。悩みに加えて危険が迫ってきたのだ。混乱せずにいられる方がどうかしている。それゆえに、場には数秒間の沈黙が生まれた。
その間に悪魔は、人の記憶の深い部分を覗き込んだ。
『……ふむ。そうか。マルクァスの娘か。奴に――父親に不満を持っておるようだな、セレネ。では、殺すか?』
「ば、バカなこと言わないでっ!」
極端な言葉を耳にして人の子が慌てた。
対して、悪魔は意外そうに息を吐いた。
『殺さぬか。不満のある相手を屈服させるならば最も手っ取り早いのは暴力、そして、果ては殺害だろうに…… いやはや、変わった人の子だ』
「いやいや! 変わっていないと思いますよ! 至って一般的ですからねっ!」
『ふむ。そうか。まあいい。時にルーヴァンスとも知己にあるようだな。そして、ルーヴァンスにも不満をもっている、と。よし、殺すか』
「ですからぁ!」
悪魔の口からはやはり極端な言葉が飛び出した。
セレネが悩ましげに頭を抱えた。
『それも駄目か? まあ、奴を殺すのはなかなか骨が折れるしな。ではそうだな。ルーヴァンスと恋仲になるか?』
「……え?」
悪魔が提示した突然の方向転換に、セレネの脳は全く追いついていかなかった。殺人の勧めから一転、恋愛の勧めである。混乱しない方がおかしい。
少女は間の抜けた声をあげて呆け、そのまま、黙り込んでしまった。