4-20
「殺ったか……」
圧倒的な激しき焔を金の瞳に映したルーヴァンスがほっとひと息ついた。悪魔の力が生み出す紅き触手は、あらゆる者を消し炭と化すに違いないと錯誤した。しかし……
びゅっ!
強風が大地を吹き荒れ、紅々とした焔を操った。草原は一層燃え盛り、火の子が空へと舞いあがっていった。
魔より出でた炎は、生みの親たる魔の者を包み込むように激しく踊った。
『ルーヴァンス! 飛べ!』
「で、魔翼!」
人の背に漆黒の翼が生じた。黒翼は小さくてどこか心もとなく、人の子の未熟さを現しているかの如くだった。
背に黒を負った少年はバサリと羽ばたいた。焔の紅で染まる空へと飛び立とうとした。
『次! 全方位障壁!』
連続で悪魔から人の子へと指示が飛んだ。
しかし――
どんッ!
ふたたび強風が吹き荒んだ。瞳を開いていられないほどの烈風が大地と空を翔け廻った。
ルーヴァンスは傷や疲労からアルマースの言葉に反応できず、指示通りの防護障壁を生み出せなかった。結果、小さな身体も弱き翼も奔流に耐えられず、襲い来る烈風にそのまま揉まれ、炎に包まれた草原へと堕ちていった。
(くそっ。ここまでか……)
少年が瞳を閉じて堕ちるに任せた。諦めかけた、その時――
パシッ。
少年の小さな身体が大地へと打ち付けられる前に、何某かの腕によって受け止められた。
そして、その何某かがゆったりと呟いた。
「水魔刃」
ひゅっ!
微かな物音に伴って、一帯から熱気が除かれた。
ルーヴァンスが瞳を押し開けると、まず目に入ったのは鮮やかな金色だった。さらりとした金の髪が、自由気ままな飛翔に合わせて揺れていた。
少年は女性に抱かれ、庇護され、天を翔けていた。
燃え盛っていた草原は背を低く変じ、水気を含んでいた。燃え種をなくし、かつ、水流に押し流されたらしく、大地は焔の侵食を免れて静けさを取り戻していた。
すぅ。
視界が百八十度転換した。
ルーヴァンスの目の端で赤々とした幾十の弾丸が空を目指して駆けあがっていった。
空を行く二者の視界は目まぐるしく変わった。突然の支援者の背にもやはり黒き翼が在った。その者の翼はルーヴァンスのそれと比べて大きく立派で、吹き荒れる強風に侵されることもなかった。加えて、ルーヴァンスを含む周囲には不可視の防護壁が張られているらしく、間断なく襲い来る炎弾をあっさりとはじいていた。