始まりの町での逆境
知道は町の入口の手前で目を覚ました。
取りあえず深呼吸を一つ。
すーーと、息を吸うと美味しい空気が入った。現実世界と変わらない。
すーーと、息を吐くと落ち着いた気分になる。現実世界と変わらない。
一本一本の指に力を入れて左手を握る、右手を握る。首を回す、両腕をパタパタと広げる。現実世界と変わらない。
下を見てみる、……ひらひらと舞うフンドシ。現実世界と変わった、否、変わっていないとおかしい点だ。
とりあえず現実逃避も込めて、周りを見渡してみた。
町の外を見ると美しい草原が広がっていた。太陽がさんさんと降り注ぎ、歩く道も整備されている。大の字になって寝ればさぞ気持ちが良いだろう。
町を見てみた。外観だけで判断すると、良い言い方をすればさっぱりしていて綺麗な町、逆をいえばまだそれほど発達していないように見えた。住むにはもってこいな場所だ。
「まあ、いかにも最初の町って感じの場所だな。俺にしては平々凡々すぎてつまらんな」
と、腕を組む知道。
そしてもう一度、目線を下げて自分の格好を見てみた。ヒラヒラと宙を踊る白いフンドシ。
(綺麗な町とフンドシ姿が恐ろしくミスマッチしてるな。そもそも、フンドシがマッチするステージがあるかは謎だが……)
知道は自身がこれからどういう人生が待っているのかを考え、ため息をついた。
良いことが起こりそうな気配が無い。最初の町にして既に絶望さえ感じる状況だ。
すると後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「ここは旅人が最初に配置される場所ですからね。例外はないのです」
「いや常識を打ち破ってこその男だろ。出てきていきなりマグマステージの中央から始まっても全然構わん……って、お前いたのか」
振り向くと、少女がいた。
髪は長くて白色なのだが、少しキラキラ輝いているので銀に見えなくもない。大きくパチクリとした青色の目に小さな口、年齢で言うと中学生ぐらいだろうか。──と言っても、どこか現実離れした空気を持っていて、子供特有の覇気が全く感じられず、ぼんやりと一点を見つめているような感覚だ。
可愛いのは確かだが、それよりこの幼顔にして既に美しいと言う表現が似合う。
服は紺色をベースとした、上下とも少し大きめの正装をしている。指が第二関節まで隠れている裾に、胸のスーツの隙間には白いシャツを着込んでいて、首元にはネクタイを締める場所を隠すようにリボンがついている。スカートも足下まで伸びる少し長めのをはいている。
少し大きい服を着た子供の受付とさんといったような感じだ。
「名前はなんだっけな……ダメだ覚えてねえわ」
「はい、キュリです。知道さんに生まれながらにして最悪な状況、要するに見た目が汚い、臭そう、醜い、歩くだけでわいせつ罪、モザイク不可避といったハンディを背負ってしまったので、救済措置として私がついていく事になりました」
出会った時と変わらず、淡々とした口調で毒づくキュリ。
逆に呆気に取られているのは知道の方である。
「出会って早速で悪いが、ここで上下関係をハッキリさせとこうか?」
腕をボキバキ鳴らしながら怒気をみなぎらせる知道。
キュリは特に気にする様子も無く、話を続けた。
「というわけで、これからも妖精として私の主、マスターの旅をサポートさせていただきます。まだまだ妖精としては幼い私ですが、どうかよろしくお願いします」
キュリは慣れた様子で軽く頭を下げた。
とりあえずフンドシ一丁で一人旅という最悪な自体は免れたようだ。言わずもがな、VRMMOにおいて情報は大事な要素であり、キュリはサポートをすると言うぐらいなのである程度の知識は持っていると言っても良いだろう。
しかし知道はどこか不満な様子。
「は? 役に立たないなら帰れバカやろう。こういう自分で未熟者って言う女キャラは、何かに失敗しても「テヘッ(ハート)」って言ったら許してもらえると思ってるから腹が立つ。しかも、あながち間違ってないのが更に腹が立つ」
「テヘッ」
キュリは感情の入ってない声で、指のVサインをしながら決めポーズをした。
(悔しいが、少し可愛いんだよなぁ……)
知道は素直にそう思った。
知道は八つ当たりにも問いにしっかりと返され、何故か言葉を失った。
「…………。てか、俺はこれからどうしたら良いの?」
「そうですねマスター。まずは村の入口の少し先に立っている、長いスカートの女の人に話を聞いてみてはいかがですか?」
「ああ、あのザ・モブって感じの女か。了解」
「言っておきますが、粗相はないように、ですよ。マスター」
フンドシのおっさんに対し、子供に説教するような口調で言うキュリ。
知道はずっと一点に立っている笑顔な女性の所まで行き、話しかけた。
その女性は表情を変えずに対応した。
「こんにちは旅人さん。そしてようこそ『始まりの町』へ。ここは初心者の旅人さんが集まる場所でして……」
頼んでもいないのに長々と喋り出す女性。それを見て知道は現実世界のデジャブがよみがえった。
「うわー、こういう会話は軒並みスキップしてたな。めんどくせえ、早く終わらねえかな」
知道がそう言うと、女の表情は変わらないものの、コメカミの辺りがピクリと動いた。
そして少しの間があってから……
「あのね、旅人さん。私もですね、お前みたいなフンドシ一丁のクソ気持ち悪いオッサンと会話なんてしたくないのです。ですが仕事で仕方ないので、出来れば黙って話を聞いて早めに終わらしたいのですが」
と、女性は表情も変えずに言った。
いくら業務的な報告とはいえ、女性からしてみれば嫌な物は嫌なのだろう。というより女性で嫌じゃない人などいないかもしれない。
というより男性でさえ嫌じゃない人がいない可能性もある。
──というより人に限らず生き物でさえ……
「えっと……、すいません。話の続き、聞かせてもらえないでしょうか」
結果、知道は何一つ言い返せなかった。
若干イライラしながらも、女性の言う事を聞くことにした。
「はい。ここは主に初心者の旅人が集まる場所です。まあ、中には旅を諦めて町人になった人もいますけどね。小さいながらレジャー施設や買い物をする場所など生活するものが完備されているので、住むに困ることも無いです」
「リタイア組みがいるってことか」
「そうです。始まりの町であって諦めの町でもあると言うわけです。というわけで本当に簡略にこの町を説明させてもらいましたが、もっと細かく説明いたしましょうか?」
「いや、自分で見て回るわ。それより見て欲しい物があるんだが──」
と、少しゲスイ顔をしながら言う知道。
その表情を見て少し不安に思った女性であったが、とりあえず業務的に「はい、なんでしょう?」と、一言返した。
知道は女性の前に立ち、横を向いた。
そしてニヤリと悪意のある笑顔を見せたかと思うと、次の瞬間──
「いくぞ! 必殺ッ! 腰振り男!」
知道はそう叫んで、前ダッシュと後ろキャンセルを凄まじい速さで繰り返した。すると、残像と重なってビクビクと腰を振っているように見える。
「どうだ、この既存のゲームには絶対に無い動き! フンドシの男を舐めんじゃねえぞ! フンッフンッフンッ!」
「…………」
呆気に取られた様子でその行動をじっと見ている女性。
知道はこの若干卑猥の入った行動を、3分間も続けた。
「ふう、今日はこの程度で許してやろう」
知道はどや顔で汗を拭い、その場を立ち去ってから、もう一度女性の方を見た。
後ろを向いて嘔吐く女性。
「よし、勝ったな!」
「何に?」
ガッツポーズを取る知道に、冷たく言い放すキュリ。
「男には、負けられない戦いがある」
「だから何に?」
更に冷たくキュリは言い放した。
町の内部は知道が思っていた以上に広く、一軒一軒の店が広く場所を取っているにも関わらずスペースに余裕がある。
特に何があるという訳では無さそうだが、決して田舎という感じはなく、整っているという印象を受ける。いくつか高層な建物もある。
その光景は知道にとってどれも新鮮なものであった。
「マスター、ここの町は見たことがありますか? 普段やっているオンラインゲームの町なのですが」
「いや、無いな。そもそも最初の町と言えば民家ばかりが並んでいて、こんなに開けた町じゃ無かった」
と知道が言うと、キュリは少し自慢げに笑顔を見せた。
「そうです。ここはマスターの生きていた時代から何十年も先の世界にあるオンラインゲームですからね。要するにマスターは異世界と共に、時代までスリップしているわけです」
キュリはそう言って知道の顔を見た。さぞ驚いているのだろうという期待があったが、知道はどうでも良いといった表情だった。今はとりあえず異世界に来たという事実だけで良い、そんな感情である。
「人が多いし、物品は本当に何でも揃ってるな。最初はここを拠点にしろと言わんばかりだな」
と、知道は高い身長で町を見渡しながら言った。
「するどいですねマスター。確かに、ここである程度の戦力を整えてから旅をするのが普通ですね。仲間を求めている人も常にいますし」
「なるほど。それじゃあこの町で一番人が集まる場所ってどこだ?」
「この先にある広場です。情報を共有するスペースでもありますしね」
すっと東を指さしながら言うキュリ。
その指の先を辿ると、遠くでたくさんの人が声をかけあっていた。軽い装備をしている者が多く、来たばかりの人が多いと言うことがすぐに分かった。
「行き先が決まったな。まあてきとうに2、3人仲間を掻っ攫いますか」
「乱暴なやり方はダメですよ」
ん、と一言だけ知道は生返事をした。
そして広場へと向かう途中、知道は気になっている事をキュリに聞いた。
「なあキュリ、実は一個悩んでる事があるんだけど」
「…………え? は、はい、なんでしょう?」
少し間があって、驚いた表情で言うキュリ。
「ん? どうした調子悪いのか? 女の子の日か?」
「違います。妖精はそういうのはありません。排泄等も無いです」
「昭和のアイドルかよ」
知道がそう言うと、ずっと無表情だったキュリの顔が少しずつ高揚していった。
「ただ……、その、マスターが初めて私の名前を呼んでくれたので驚いただけです。今日は記念日ですね」
キュリは淡々としながらも、少し照れた声で答えた。
「女の子特有の何でも記念日にしてしまうクセやめろ。……じゃなくて、俺が聞きたいのは、これから仲間を作って行く上での事なんだけど
別に選り好みをする訳じゃないが、ネットと現実の性別が違ってる奴だけは嫌なわけよ」
「女の子のキャラで多いって聞きますね」
「相手の性別自体はどっちでも良いんだ。ただ、合ってさえいればな。だから、相手の本当の性別が分かるアイテムとか無いか?」
「出来ますよ。アイテムでは無いですが、妖精ポイントを使うことになります」
「オッケー、ならやれ」
「即答ですか……。とりあえず妖精ポイントの説明をしましょう。これは戦闘等でマスターである知道さんが成長する度に上がっていきます。今の私はアナウンスしか出来ませんが、このポイントを使って特技を手に入れれば、攻撃や補助的な魔法も使えるようになります。非常に重要な要素なので使いどころを考えてくださいね」
「よし、やれ」
「…………」
キュリの無言の抗議も実らず、知道は特技『ネカマスコープ』を習得した。
ネカマとはネットオカマの略称であり、その名の通り現実と性別を偽ってオンライン上にいる人の事を言う。
別に犯罪行為では無いのだが、騙された方が損をした気分になるのは事実なわけで。
「よし、全ネカマを駆逐して世界初のネカマハンターとしてこの世に名前を轟かそうかな」
「やめなさい」
キュリはため息をついた。
知道達が歩いて10分ほどたった頃、広場は既に人で溢れかえっていた。その中で、全員が大きな剣を担いでいる3人の女パーティに知道は声をかけた。
「あのさあ、いま仲間になってくれる人を探してるんだけど」
「はい、私たちも4人目を探してて男性が良いな……、って、え?」
女性たちと知道の目が合った。
その途端、目が点になる女性たち。
知道はとりあえず、ぎこちない笑顔を投げかけた。
「俺、男!」
自分のフンドシを指さしながら言う知道。
女性たちはみるみる表情を歪ませ──
「キャーーーーーー、化け物ーーーーー!」
全員が大きな悲鳴を上げて、まるで自身に危険が降りかかっているかのように、いちもくさんに走り抜けて行った。
その中の一人が、石につまづいてこけてしまった。
振り返って知道の方を見る女と、それを無言で見つめる知道。
もちろん、知道が特に何かをしてやろうという思惑もないのだが……
「キャーーーー、殺されるーーーー!」
怪我したであろう足を引きずりながらも、女は物凄いスピードで走り去っていった。人間必死になれば何でも出来る、そう体現しているかのように──
彼女らがいなくなった後、その場に取り残されるフンドシ姿のオッサンと、それを悲しい目で見る精霊が一人。
知道は首を傾げた。
「……、眼帯の角度が悪かったかな? まあ、女はもういい。男だよ男。結局男でレベルを上げて物理で殴ってごり押しするのが一番強いんだよ!」
そう決意して再び仲間攫い、ではなく仲間集めを再開した。
知道は先ほどの反省を生かし、今度は男に絞って声をかけることにした。
男全般に言える特徴は──大きい物が好きな事だ。男の幼少期と言えば乗り物か戦隊物、どちらかに別れるぐらい、とにかく大きい物が好きなのだ。
フンドシ姿を受け入れてくれるのは少々難ではあるが、それを補って余りある程の魅力が自身の大きな身体にあると考えた。
ちょうど2人で歩いている上半身が裸で戦士っぽい男達がいたので、知道は後ろから馴れ馴れしく肩を叩いた。
「おい、俺と一緒に力でこの世を支配しようぜ! 俺たちが活躍して歴史の偉人の覧にマッチョばかり載せて、未来の女どもを泣かせてやろうぜ!」
「わーー! 化け物だーー!」
大の男が叫びながら逃げていく。ただ、逃げていく。先ほどの女達より早く逃げていく……。
そして誰もいなくなった。
「…………、ちょっと金の球が左によってたかな……。よいしょっと。
まあいい! 男とはな、男とはなあ! 一人で生きてこその美学、いや、男一匹で生きてこその男道だろ! ああん! こらぁああああ!」
ヤクザのような咆哮を上げる知道に、更に距離を置き始める他の勇者たち。
「匹ってマスターは獣か何かですか……、ちなみにレベルの低い場所でも獣は出ますよ。もちろん強いです」
「っていうわけで、仲間探しまーす」
知道は両腕をピーンと小学生のように上げて、気合を入れ直した。
知道は懸命に仲間を探した。本来なら知道が剣士ということなので、遠距離で攻撃出来る人や回復系が欲しい所だが、相手がネカマどうかだけを調べて、ただひたすらに声をかけていった。
しかし、その後も仲間が増えることは無かった。
誰もいなくなった、というより、誰もいなくしてしまった広場の中央で仁王立ちしながら言う知道
「いや──まあ、ありと言えば全然ありな展開だな。むしろ良かったと言える。所詮最初の町でウロウロしてるようなクソザコな連中はどうでもいいわ。AV女優のブログぐらいどうでもいいわ」
「頑張って3時間も粘ったのにね」
ぽんぽんと知道の背中ぐらいを優しく叩くキュリ。知道にはそれだけの行動が妙に優しく感じられて、逆に辛かった。
が、すぐに前を向いた。その目は生きている。
「まあ今一番欲しいのは仲間ではなく、アイテムだな。序盤の薬草はかなり貴重な戦力になるし。とりあえずアイテム屋に行くか」
知道は頭の切り替えが早い。というか、早くしないとこの先生きていけないと確信していた。
そして次に露店となっているアイテム屋の前に行った。薬品の臭いが鼻にツンっと来る。
露店の中央で女性の店主が薬草をこねていた。
その場所に知道は足を踏み入れて声をかけた。
「おい、薬草をたくさん出してくれる?」
「いらっしゃいませーって、キャーー! 変態!! 変態変態!!!!」
自分の店も大事ではあるが、所詮は命あっての物。そう体現するかのように女店主は走り去っていった。
そしてまた、誰もいなくなった。
「…………、何がヤバいってさあ、若干煽られる事に快感が出てきたというのがな。これを人が成長するっていうことなのかな」
「違うと思う」
キュリはバッサリと切り捨てるように言った。
「分かってるわそんなもん。まあ、次だ。アイテムはその辺の雑魚モンスターを殺して手に入れれば良い。
それより防具だよ防具。HPが少なかったり回復手段の乏しい序盤では、いかにダメージを食らわないかが重要になる。よって防具だろ、うん」
「うん」
キュリも優しく頷いた。
そして防具屋まで足を運んだ。
「わーー、化け物ーーーー!」
「せめて話をしようよ名も無き商人君!」
二度ある事は三度ある。三度ある事は何度でもある……。
さすがに少し落ち込んだ様子の知道。
「……もう人権が欲しいわ。装備アイテム云々関係なく、人である事の権利が欲しいわ」
そう言いながらガックリと項垂れた。
「困った時の保健所ですよマスター」
「それ犬! 捨てられた犬が行く場所! ……まあ、今までは相手への接し方が悪かった。平民を相手に、俺様が普通に事を進めようと思ったのがそもそもの間違いだ。いきなりバッと押しかけて、ワッっと驚いてる所にサッと事(買い物)を済ませる。もうこれしかねえ!」
「なんか、マスターの思考がだんだん盗賊や魔物と同じになってきましたね……」
「うるせえわ!」
知道は必死だった。そう、始まりの町で人権を得るための戦いが始まろうとしていた。
知道は徒歩で武器屋のドアの前まで到着した。そしてクラウチングスタートの構えを取り、ダッシュでドアを突き破った。
━━━バーーーン
凄い勢いで開くドアに、転がりながら入ってくるフンドシ姿のオッサン。
凍りつく店内。
冷めた視線が知道に突き刺さる。
が、そんなことなどお構いなしといった様子で跳ねるように立ち上がる知道。
「ダイナミック入店成功!」
「…………、い、いらっしゃいませ……」
武器屋の商人も完全に目を見開きながら驚いていた。
「いや、お前は良い商人だな。みんな俺を見たら一目散に逃げ回ってたからな」
「私は逃げるよりも、この剣で退治しようかと思いましたが……。いや、むしろ今退治したほうがいい気もしてるんですが……」
既に商人の手には大きな剣が握り締められていた。
知道はまぁまぁと言いながら、両手を広げて笑顔を作った。
「いや、その気概や良し。さすが武器商人と言ったところだな。そこに痺れる憧れる」
「もうヤケクソですね……」
後ろからゆっくりとついてきたキュリが呆れ気味に言った。
「うるせえ。それはそうと武器商人、今の俺の手持ちで買えるのって何か無いか?」
「はあ、いくらお持ちで」
「100ゴールドしかねえわ」
「100では何も買えないですね。一応10ゴールドでこん棒は買えますが、既にお持ちになっていますしね」
「このこん棒10ゴールドだったのか。うまい棒を振り回してるようなもんか……」
武器商人は少し困りながらも「とりあえず、少し旅を進めてからまた買いに来たら良いですよ。そんなに高価なものは置いてないのですしね」と、提案した。
「いや、そうはいかねえんだ。わけあって一人旅になってしまってな。とりあえず何でも良いから欲しいんだが」
「何でも、ですか? なら一応あるにはあるんですが……、いかんせん使えないと申しますか……」
「おう、あるんならそれで良いよ。使えるか使えないかは、実際俺が使ってから考える」
「それじゃあ、どうぞ……」
商人は恐る恐る物を出した。
それは知道の手で充分に持てるサイズだった。美しいレンズに連写機能搭載、更に手ブレ補正までついている。
手軽に持てる大きさにも関わらず液晶により景色をより美しく写し出すことが可能に。見た目も実に愛らしい。
知道は『カメラ』を手に入れた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人、しばし無言。
知道はカメラを首からかけ、装備? した。
「…………」
「…………」
「…………」
緊張にも似た沈黙が店内を張り詰めた。
とりあえずキュリと知道は、騒然とした空気に満ち溢れている店を出た。
知道は試しにカメラを構えてみた。すると前を歩いている人が一斉にいなくなった。
「なあ、キュリよ」
自虐気味な半笑いを浮かべながら言う知道。
「なんでしょう」
「今、人が避けた理由てさ、カメラの特殊効果だよな? そういう魔除け的な武器だよな?」
「違います」
それを聞いてようやく知道は、盗撮というあらぬ誤解を受けているなと悟った。
しかもカメラ……使い道はあるのだろうか。とういかこれを装備と言って良いのかすら分からない。
「ってか、思いっきり状況が悪化してるじゃねえか! もうこれ、普通に外観を撮ってるだけでもアウトになりそうな雰囲気だよね! 俺はやってないって言っても「存在がアウトー」で片付けられるレベルだよね!」
キュリを指さしながら叫ぶ知道。
キュリはと言うと……完全に目をそらしている。
「うーん……、えーっと……、うん」
「悩んだ挙句に同意してんじゃねえよボケが! まあいい。とりあえず装備も終わったし魔物ぶっ殺しに行くぞコラ!」
「お、おー」
やる気(殺る気)に満ち溢れている声を出す知道に対し、キュリは生返事で返した。