ダークなんとかマスター登場
五十歳とは見えぬ容姿。
若々しい肌ツヤと、ふさふさと黒く生えている黒髪。
背が高く、黙っていればどこかの俳優のようにも見える、仕立てのいいスーツ。
側近を三人引き連れ、どこかのマフィア映画のように見える。
「久しぶりだね、椎菜」
穏やかに微笑む。
メールとは人が違うのは、おそらく威厳を保ちたいからだろう。
「来ると思った。どうしたの?」
全員が萎縮している中、唯一物怖じせずに話せる椎菜が前に出た。
こんなにも、みんなに恐れられているなんて。
その事実が不思議な気持ちだった。
「本当は、もっと早く来たかったけど……ちょっと確認していてね」
椎菜の父、相田の後ろから、何事かと生徒が集まってきた。
相田の顔を知らない人もいるからか、緊張の様子がまるで伝わっていない人もいる。
その中で、ふたつの影が動いた。
ダンと……アリサ。
「よくやってくれた」
ふたりに、そう声をかける相田。
頭をさげるふたり。
どういうこと?
「ごめんね、シーナ。私、スパイのスパイやってたんだ。ありがちでしょ。でもシーナは素人だから、あんまり騙している気分にはなれなかったけどね」
身内の裏切りなんて、よくある話だ。
けれど、何を裏切られたというのだ。
ダンと、ふたりで?
混乱するシーナに、相田は微笑んだまま言った。
「試験を始めようか」
すると、相田は側近から拳銃を受け取った。
「これを持って」
椎菜に差し出す。先日の授業で簡単に扱いは教わったが、まだ射撃訓練はしていない。
受け取ったら、よくない気がする。
しかし、相田は何も言わず、拳銃を椎菜に差し出したままだった。
受け取れ、という無言の圧力。
意地でも受け取りたくない。
「受け取らないなら、ここにいる全員をひとりひとり射殺していくよ?」
残酷なことを、平然とした顔で言う。
こんな父の顔を見るのは初めてだった。
運動会に来てくれたこともない。
一緒に遊園地に行ったこともない。
けれど、家にいるときは、いつだって優しい父だった。
ひとり娘の椎菜を可愛がってくれた。
それは『父』の仮面をつけた、冷酷な相田という男だったのだろうか。
「わかった」
仕方なしに、拳銃を受け取る。
ずっしりと思い。この間手にしたものとは違う。
あれは、空の拳銃だとキヨは言っていた。
実弾が入っているのだろう。
「どうするの?」
汗で拳銃を落としそうになりながら、両手で必死に握る。
父の仮面をはずした相田は、微笑んだまま言った。
「椎菜が一番大切にしたい人を、撃ちなさい。殺しなさい。それが、私の後継者にとってふさわしい行動だよ」
この人は、父ではない。
そう思いたかったが、何度瞬きをしたところで目の前の光景は変わらなかった。
手汗が、拳銃を伝い床に落ちた。




