前科者と、文末の挨拶
「別に機密情報が欲しかったわけじゃなくて、ただ自分の腕がどの程度が確かめたかったんだよ。もっとも、ダミーに騙されて抜けられなくなったから、俺は何も知らないまま捕まって、中学生だから、と釈放されたわけ」
「ダミーって?」
「ハッキングして来られたら、ニセの情報をつかませるように仕向けてあるんだよ。それに引っかかって、どこの国の誰だか、全部記録に残された。もちろん見つからないようにいろんなサーバーを経由したけど、やっぱりプロには敵わなくて、すぐ見つかった」
途中から何を言っているかわからなくなったので、聞き流していた。
とにかく、この人がすごい腕を持っていたというのは分かった。
「俺も、捕まるのはごめんだからハッキングはやめようと思った。学校も行けなくなっちゃったしね」
国際的な罪となれば、未成年といえども容易に釈放などしてくれないだろう。
「けど、どうしてもやってしまって。国を相手にすると何かと大変だから、組織のハッキングにしてみた。それが、ここ……スレイプニルだったわけ」
そういえば、ここはそういう名称になったんだな、と今更思い出す。
「……いや、グレイプニル」
間違えやすいが、そういうグレープみたい、と思っていたからこっちが正しいだろう。
「……まぁ、グレイプニルだったわけ」
なかったことにしよう感満載である。
つい白い目で見てしまう。
ダンは気がつかないふりして、話を続けた。
「そこで、君の父に見つかって、ぜひウチで、と勧誘を受けた。好奇心でしかなかったハッキングだけど、役立てるなら、と」
「そうなんだ」
「前科者より、俺のがいいよー」
コウが茶々を入れてくるので、椎菜はにらみつけた。
「あんただけは、ぜーったい無理!」
セクハラされたことを思い出してぞーっとなる。
男嫌い云々ではなく、セクハラはダメだ。
「じゃあ俺は?」
キラキラした瞳を覗かせながらダンが言う。
「あなたもダメ」
「えぇー、あんなに同情ひける話したのに」
「ただの身の上話でしょうが。自業自得だし」
ひきとめる声を聞きながら、椎菜は部屋を出た。
その途端、ポケットに入れていた携帯が震える。
着信相手は見なくてもわかる。父しかいない。
〈やぁ、元気にしてる? 近々会いたいな。 それではまた。 父より〉
思わず読み流しそうになったが、文末に目を奪われる。
日本語だ。
父は帰ってきている。
そして、自分に会いにきっとここに来る。
どうしてだか、そう確信できた。
それと同時に、なにか見えない恐怖と押しつぶされるように心臓が苦しげに動いた。




