高校新入学から親に裏切られる
黒塗りの車に乗せてこられたのは、およそ学校とは言えないビルだった。
「これが、高校とは思えないのだけど」
車を華麗な仕草で降りる。長い黒髪が風になびく。それをおさえながらビルを見上げた椎菜が言うと、運転手はうしろのトランクから荷物を取り出しながら、表情を変えずに言った。
「お荷物は以上で。それでは、お嬢様。失礼いたします」
「えっ」
子供の頃から、椎菜を送り迎えしてくれていた初老の運転手は、車に乗ってさっさと発進させた。
「……」
全寮制だから、と大量に持ってきた荷物が道に転がっている。
どう見積もっても一人では持ちきれない。どうしろと言うのか。
「おー、新入生さん。いらっしゃい」
やたら大きな声の男が、自動ドアの向こうから現れた。
「キミの担任のキヨだ。よろしく」
がっしり握手された。どうにも、頭は良くなさそうだ。
声のボリュームが大きくて賢い人はあまり見たことがない。
「キヨ、って……。フルネームは?」
「ここでは、本名は名乗らないさ」
「え?」
「キミも、シーナとして行動するんだよ。本名だけど、キミは有名人だから隠しても仕方ないしね」
「有名人?」
謎なことばかりに椎菜が眉をひそめると、二十代後半であろうキヨは頭をかいた。見た目は爽やかではあるが、どうにも間が抜けているように見える。
「だって、ここの会長の娘だろう」
「……父が、学校の経営者?」
「あれ、知らない?」
「知りません。父は貿易関係で、海外にいることも多いので」
驚いたが、もはや何に驚いていいのかわからなくなってきた。
「なんで海外にいるか知らされずに連れてこられちゃったんだ」
「ここはなんの学校なんです?」
「スパイ養成学校。キミのお父上は、スパイを育て、それを海外に派遣する仕事もしているんだ。表の家業とは別にね」
キラキラした瞳で、椎菜を見つめてくる。
だが、椎菜はさほど取り乱すことなく冷静に見つめ返した。
驚いたように、キヨは椎菜を覗き込んでくる。
「あれ、驚いて倒れたりしないの?」
「多少は驚きましたけど、倒れるほどでは。普通の商売であそこまで家にお金があるとは思えませんし、何かやっていたのかな、と幼少のころから思っていましたから」
保健室に運ぶ気まんまんだったのか、肩透かしをくらったかのようにキヨは落胆していた。
「ぱっと見はいい人そうな顔してますけど、あの人たぬきジジイですから」




