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とある日の……。

遅くなりました。

コンコンッ


年季の入った椅子に腰掛け、書類を整理していたアベルは、扉を叩く音につい……と、顔を上げた。


「フィリップです。資料をお持ちいたしました」


「入れ」


言葉短く、入室を許可するアベル。

少し前に頼んだ、市場の流通量を纏めた資料だろうと見当をつけながら、それに対応する書類を机の上から引っ張り出した。


ガチャッと音をたて、重厚な木扉を開けたフィリップは台車に、資料と一緒にティーセットをのせ、ゆっくりと執務室へと入ってきた。


「そろそろ良い時間かと思い、お茶もご用意しております。一服いかがでしょうか?」


「あぁ、もうそんな時間か」


なごやかな笑みを浮かべたフィリップの言葉に、アベルはため息をつきながら、ゆっくりと首を回し、かたまった首回りを少しでもほぐそうとした。


「甘いものも用意しております。こちらへ」


そういって、応接用のテーブルにてきぱきと用意を整えるフィリップ。


アベルはつくづく優秀な男だと、毎度の事ながら感心しながら椅子から立ち上がった。


フィリップは元々王室に務める文官だった所を、アベルが惚れ込み引き抜いたのだった。


領主や貴族の仕事として、どうしても数日、皇都へ泊まりこまねばならない時があり、丁度別邸が改装中であったために、一度だけ皇城に宿泊した時があった。

その時すでに、それなりの信頼を勝ち得ていたからこそではあるのだが、その際に側付きとして命じられたのがフィリップだった。


まだ城に入って間もなかったフィリップは、アベルについて回り、他部所や構造を覚える為という名目で、皇直々に側付きを命じられたのだった。


実際には、アベルという側近と、他の貴族達との面識を得るためではあったのだが。


当時20歳程だったフィリップは、アベルが驚く程に優秀だった。


1の説明で10を理解し、3日経つ頃には、アベルが召し抱える家人と同じ程に気を読み、働いた。


事実、当時、泊まりこまねばならぬ程の理由があった出来事も、彼のフォローのおかげで、予定よりだいぶ早く片付いた程に。


事が終わり、自領へ引き返す際に皇に目通りをした時に、「優秀だっただろう?」とい皇の問いかけに「手放すのが惜しい」と答える位には、フィリップの事を買っていたアベルだった。


その数年後、仕事が"できすぎる"フィリップへの、悪質な嫌がらせが起きていると知ったアベルは、すぐさま皇に書簡をしたため、フィリップをアベル家に迎え入れる希望を出した。


優秀な者を手放す事を惜しんだ皇だったが、ほとぼりがさめればまた戻ればいいとの言葉に納得し、一時出向の程で送り出されたのが5年前。

その時の恩を返す為と、フィリップは何度かの期間命令を断り、今もアベルの元にいた。


「結局お前の元におろしてしまった」と、未だに皇には冗談半分に愚痴を言われてしまう事になったが。



紅茶を口に含みながら、ぼんやりと昔の事を思い出していたアベルだったが、ふと、フィリップが物言いたげにこちらを見ている事に気がついた。



「なにかあったのか?」


「なにか……といえば、そうですね」


なにやら含みのある言い方に、アベルは眉をしかめた。

しかし、フィリップは心なしか楽しんでいるような気配を漂わせている。


「何かあるならはやく……」

「そろそろ帰ってくるようですよ」

「なに!?本当か!?」


話の途中で口を挟まれた事さえ気にかけず、アベルは驚きのあまりに思わず腰を上げて声をはりあげた。


「落ち着いてください。つい昨日、隣国で交易を終えた商人が街に入り、それらしき人物を国境で見かけた……と」


「うむ。そうか、そうか。無事、帰って来られたか」


フィリップの報告を聞き、感慨深げに頷く。


行の国境で起きた戦闘の話などを色々と聞いていたおかげで、すっかり心配性になってしまったアベルは、ラスティカの商人、トルネからの書簡で、カイトが無事家族と再開し、帰路についた事を知っていた。


再会できたのなら、そのまま家族でどこぞの街に住み着いて、幸せに暮らせばいいものを。


その為に、わざわざ多めに旅費を渡したりもした。


それなのに、あれは馬鹿正直に帰ってくると言う。


それを知った時は、呆れと同時に、大きな喜びを感じたが。


それ以来、フィリップに命じ、街で情報を集めさせていたのだが……。


「ちゃんと5人と一匹いたそうで。質のいい馬車をひいていたらしいので、間違いはないかと」


「そうか。トルネにも感謝せねばな」


トルネとは、以前交易で彼がこの街に来た際に面識を得ていた。

質のいい商品を多数所持していた為に、腕のいい商人として、記憶にとどめていた。


「恐らくは、娘を同乗させているのも理由かとは思いますが」


「そうだな。それがおそらく、一番の理由だろう。一人娘だったと聞いたが……さぞ寂しかろう」


「ええ。年頃の娘を送り出さねばならないその心、察するに余りあります」


「そちらの方の手配はどうなっている?」


「万事、抜かりなく。後は、先方からの返事のみです」


そうか……と、呟いたアベルは、窓から遠くの空に浮かぶ雲を見た。

子を見送るのが親の役目とはいえ、唐突に送り出さねばならなくなるとは。

しかし、それも"声を聞いた"だけではなく、"姿を見た"というのなら、どうしようもない。


「こちらでも、不自由ないように気をつけてやってくれ」


「はい」


「ところで、いつ頃こちらに到着する予定なのだ?」


「商人が到着したのが昨日の昼でしたので、遅くとも明日には」


「おお、それはいかん。では、すぐに料理の材料を多めに仕入れておいてくれ。盛大に出迎えてやらねば」


無理に気分を上げるように、殊更明るくアベルは言った。

それに同乗する様に、フィリップもにこやかに、この後買い出しに行ってまいりますと告げ、飲み終わったカップと共に部屋を辞していった。





*+*+*+*+*+*+*+*





「あれとこれとそれを館まで。支払いはいつもの通りにお願いします」

「あいよ!毎度ありがとうございます、だ」


一通りの仕事を終えたフィリップは、食材の買い込みに街へとおもむいていた。


「しかし、今回はまたやけに多いな。誰かくんのかい?」


通年通して世話になっている肉屋な為か、こうした、ちょっとした変化にも気がつきやすい。


「ええ、まぁ、そんなところです」


「ほー。結構いいものも頼んでいくってことは、それなりにお偉いさんがくるのかねぇ」


もっとも、領主宅に客ということは、それなりに名のあるものがくるという事でもある。


そんな時には、普段出回らない珍品や特産品を多めに出して、少しでも多く稼ごうとするのが商人の性。


ここで話した内容は、多かれ少なかれ商店主を中心に広まり、街の活発化に繋がる事だろう。だが……。


「残念ながら、期待してるような方ではありませんよ」


その言葉を聞いた途端、愛想よく笑っていた顔に、若干の影が。


「そうなんですかい。しかし、それならなんでまたこんな注文を?」


それでもまだ一縷の望みを託すように、探りをいれてくる主人。


やれやれ……。とばかりに苦笑いを浮かべ、フィリップはしょうがない人だと、ひとりごちる。


この店主は、街一番の情報通を自負し、ほんの些細な事も逃さぬように気を配る。

最初は商売の為だったが、今では趣味になっていると、周囲の人はすべからく理解していた。


もっとも、だからこそと言うべきか、彼から情報を得る事も多い為に、邪見にはできない。


「そろそろ、カイト君が戻って来るようなので。ちゃんと、家族にも会えたようですよ」


そう告げた途端、店主の顔がこれほどはないという位に満面の笑みを浮かべた。


「なんと!?カイトが戻ってくるって!?いつだい!?」


あぁ、こうなるだろうから言いたくなかったのに。


「昨日遅くに着いた行商人から、それらしい人物を見たと。今日、商い許可証の発行の為に領主館に来たところ、伺いまして」


「なるほどなぁ。それならこっちにまだ話が来てないのも頷ける。そっか、カイトが帰って来るか。しかも、ちゃんと会えたのか。良かったなぁ」


今度は若干の涙声になり、ぐしぐしと目をこすっている。


基本的に館から出る事が無かったカイトだが、お転婆姫が度々街へと遊びにいく(脱走する)度に、街を駆けずり回り、一番に彼女を見つけて連れ帰る。


気がつけばそんな仕事が出来上がり、さらに彼女もそれが楽しいのかわざと続け、最終的には住人の間での密かな名物にまでなってしまっていた。


最初は小さな子供を追いかけ回しているために奇人扱いされ、咎めようとした男達に事情を説明。

その後、徐々に住民と打ち解ける間に、過去の事を根掘り葉掘り聞かれ、事情を知った住民達はカイトに同情。


結果が、街ぐるみでカイトを、まるで家族のように扱いはじめ、今に至る。


"おいかけっこ"が終わり、館に戻る時には、両手で抱える程に様々なものを"おすそわけ"されて帰ってきていたのは、いい思い出だった。


実際、出発の時刻を調節した為に見送りこそできなかったが、その後の住民達の「どうして教えてくれなかった」という苦情や落ち込みようは凄かった。

アベル様が、本気で困る程に。


そして、フィリップがそれを、()()()()()()()()理由といえば……。


「で、いつ帰ってくるんで?」


「今日か、明日にはと」


それを聞いた店主は驚き、「いつもどうりじゃ間に合わんと叫びながら、店の奥へと駆け込んで行った。


まぁ、注文は済ませたし、大丈夫だろうと踵をかえし……た所で、また店主が飛び出してきた。


その手には、大量の、肉。


「ひとまずこれを持っていってくだせぇ!残りも大急ぎで持ってきますんで!」


「あ、あくまで予定ですので、余り忙がなくて」

「駄目ですよ!きっと腹を空かせて帰ってくるんです!いいもん食わせてやらにゃ!!」


そいじゃ、たのんましたぜ!と、いい笑顔で奥に戻る主人。持たされた肉に中には、明らかに頼んだ物より上質な物もちらほら。


だから、秘密のうちにと思ったのに……と、フィリップは重い荷物を抱え、次の店へと向かった。




その後、数軒を回り、フィリップの手荷物は更に増えていた。


店に着き、食材を頼み、量と手荷物に関する事情を聞かれ、渋々答えれば同じ行動。


最終的には、店につく前から話が伝わっていた様子で、大量の野菜を載せた荷車を用意されていた始末。


どうしてこうも皆、見境が無くなるのか。


これでは、あとで届くらしい食材も、どうなっていることやら。


ゴロゴロと荷車を押しながら、館へ戻る道をいくフィリップ。


その途上、ふと見覚えのない馬車が、街の門の方向から来るのが目についた。


御者台に、女性が並んでいる事は早々ない。さらに、部分だけとはいえ、鎧を身につけていれば尚更。


なにやら片方が、馬車の中に声をかけ……あぁ、馬車の中から、懐かしい顔が。



どうして自分が彼女達にわかったのかは定かではないが、窓から出す顔は、見間違える事はない。


少し成長して、男らしくなったその顔を見ながら、フィリップは、この荷物をきちんと全て、彼等の胃袋におさめてもらわねばと考えつつ、ゆっくりと右手を上げ、手を振った。

これにて4章完結です。


お待たせして申し訳ありません。

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