感情
だいぶ遅くなりました(;´Д`A
「むむむむ……」
ひたすら切り株の上に座り続け、ただただ周囲の音に耳を傾ける。
たったそれだけの事がここまで難しいとは思ってもいなかった。
軽い気持ちで始めた“コレ”を、俺はすでに後悔し始めていた。
『ただ聴く』という行為。
それだけをし続けるとなると、当然ずっと集中し続けなければいけない。
まずその集中するという行為が難しい。
何に集中すればいいのかわからないからだ。
樹々のざわめきの音にだけ耳をすますのならできる。
ただ、今やっているのは『全ての音に対して耳をすます』であるからして、何か一つに集中すると他の音が聞こえなくなってしまう。
だが、全ての音を聴こうとすると……その喧騒に呑み込まれ、それぞれを判別する事ができなくなってしまう。
「どうすりゃいいんだよ……」
やり方を聞こうにもカイトは何処かに行ってしまった。
悩みを抱え、もんもんとする中、ただ時間だけが過ぎていった。
************
「うおおぉぉぉぉ……」
気がつけば、何時の間にか周囲は夕闇に包まれていて、慌てて森の中から這い出てきた。
いくら街中といっても、普段魔物とやり合っている記憶が染み付いているせいか、薄暗くなった森の中で武器も持たずに居続ける事はかなりの恐怖を感じる。
理屈ではなく、これまでの生活での経験が警鐘を鳴らしてくるのだ。
更に言えば薄暗い森の奥では目印になる物を見つけるのも難しく、なんとかかんとか森のはしに辿り着き、やっとの思いで宿へとーー途中何度か同じ道をぐるぐる回っていたーー辿り着いたトリスだったが……。
玄関の前で腰に手を当て、怒りの形相で待つ妹の姿が見えた瞬間、思わず回れ右をしたくなった。
*+*+*+*+*+*+*
「おかえり、トリス」
玄関で妹にひとしきりお小言を頂戴した後、その背について居間へと足を運んだ俺を迎えたのは、その顔に軽い苦笑をにじませた、俺が遅れる原因となる事をやらせた張本人の姿だった。
「どうだった?」
たった一言、そう聞いてくるヤツの顔に浮かんでいるのは、期待と不安。
「……顔見て察しろ」
八つ当たりとはわかっていても、声に出る棘を隠す事ができない。
「そうか……」
声に混じる失望の音色。
それに思わず反応してしまいそうになる気持ちをなんとか抑える。
「すみませんね。出来のいい弟子じゃなくて」
それでも声に混じる棘を隠しきれない。
もっと才能のあるヤツなら、きっとすぐにできてしまう事なんだろう。
それができない俺はやはり才能のない平凡な人間だという事で……。
自分の中にある劣等感を、カイトの失望の声音が嫌でも逆撫でる。
「……先に部屋に戻るわ」
苛立ちを込めたまま、座ったばかりの椅子を立つ。
「えっ!?ご飯は?」
「腹減ってないからいいわ。んじゃな」
驚き声をかけてきた妹にそう返し、俺はそのまま2階にある割り当てられた部屋へと向かった。
*+*+*+*+*+*+*+*+
「どうしたんだろ……お兄ちゃん」
急に変わった兄の態度に困惑を隠せない。
どうもカイトさんと何かあったようだけど……。
伺う様にそちらをみると、どうも少し落ち込んでいるようだ。
「何かあったの?ってか、何やってたの?」
同じ疑問を抱いたのかリースさんが尋ねた。
「んー……、新しい練習方法を教えてたんだけど……どうも教え方がうまくいかなかったみたい」
「え、何それずるい。なんで私のけものなの」
いや……だって一緒にお茶の作り方とか教えてもらってたじゃないですか……。
思わず心のなかでツッコんでしまった。
自分達の都合でできた時間を潰す為の行動でずるいと言われても……。
「いや……でもなぁ……」
「私にも後で教えて」
同じ事を考えていたのか、呆れを隠せないカイトさんに、断固として詰め寄るリース。
私とルルカは呆れてものも言えない。
「しょうがないな……ご飯食べたらな」
「約束だからね」
呆れつつ、半ばため息をつくようにカイトさんが漏らしたその言葉に満足気な表情を浮かべたリース。
「あらあら、仲がいいのねぇ」
ちょうどその時、奥から両手にそれぞれ違う皿を手にした人影が出てきた。
優し気な表情を浮かべた彼女は、テーブルに料理を置きながら、カイトさんとリース、それぞれを見比べた後「あぁ、なるほど」と一人納得していた。
「貴方がリースのお兄さんね?とても大変な思いをされたんですって?」
一人状況がわかっていなかったカイトさんが、その一言で余計にわからなくなってしまったようで……。
「茶葉の作り方を教えてる時に色々と教えて貰ったのよ。
とても強くて勇敢な自慢のお兄さんみたいね?」
その言葉でだいたいの所を理解したのか、表情に理解の色が灯る。
反対にリースは……。
「え、いや、自慢とか別に……」
「あら?でも、お兄さんの話をしている時はとてもいい笑顔だったわよ?
久しぶりに会えたお兄さんが、強くて、優しくて、かっこ良くなっていたら、誰でも自慢したくなるとは思うけれど?」
「自慢したつもりはないです!」
顔を赤くして必死に否定するリース。
んー、でも、あれは自慢にしか聞こえなかったような……。
あの時の事を改めて思い出してみても、確かにいい笑顔を浮かべながら、ルルカと2人でどれだけ強いかを熱心に語っていた記憶しかない。
「それに、好かれているのは妹さんだけではないみたいだし」
瞬間、頭の中身が弾けた気がした。
一気に顔が赤くなっているのがわかる。
意味あり気に告げたまま、ルルカと私にそれとなく視線を合わせてきて……。
しかもそれをカイトさんが気がついて同じように視線を……。
ガタンッ!
「り、料理さめちゃいますよ!私運ぶの手伝いますね!」
勢いよく立ち上がり、そのまま奥へと走っていくルルカ。
「わ、私も手伝う!」
ハッと我に返った私は、真っ赤に染まった顔を見られないように、ルルカの後を追いかけた。
ちょうどいい区切りが思い浮かばず、2話投稿しようかと思っていたのですが、あまり遅すぎるのもどうかと思ってまずこれだけ・・・。
来週中には続きを上げられるかと思います。。。