それぞれの過ごし方
のんびりといきませう。
会計等を済ませた俺達は、一度街の中を巡ってみる事にした。
5人の1週間の宿泊料とは思えぬ程の低料金に驚き、本当にいいのかと聞いた所、他の宿と違ってあまり接客は行っていないとの事。
風呂は街のものを使えるし、食事は別料金。シーツ等の取り替えも3日に1度という事で、基本的には寝る場所だけを提供する金額という事だった。
自分達も同じ家屋内で生活しているから、掃除はついでなのだと。
そもそもは子供達がそれぞれ独立して部屋が空いた事で、そのままにしておくのは勿体無いからと、半ば趣味のように始めたのがきっかけだったとか。
夫は別に仕事があるから、特に稼げなくても問題無いのよ。と言って笑う彼女の顔は、とても幸せそうだった。
「でもようカイト。
あいつらは1週間やる事あるだろうけど、俺達は何してりゃいいんだ?」
別にとどまる事に異論は無いが、2~3日ならまだしも一週間。
鍛錬位しかできる事が思い浮かばない。
どうやらカイトもそれを考えていたらしく、「うーん……」と唸って腕組みをしてしまった。
「まぁ、おれとしちゃカイトに訓練つけてもらうだけでも十分ではあるんだけどよ」
朝や昼につきっきりで教えて貰い、午後や夜にそれを反復練習すれば、ちょっとはできる事が増えるかもしれない。
そう思っていってみたのだが……。
「それは、難しいと思うよ?」
カイトの返事に思わず眉根を寄せてしまう。
「え……なにかやる事があるとか……?まさかお前もハーブティーの作り方を?」
「いやいや、それじゃなくって」
苦笑を返したカイトは、少し考えてから口を開いた。
「一つは、トリスの戦い方が根本的に俺のものとは変わってしまった事。
装備の違い、自分が理想とする動きの違いで、覚えるべき事は全て変わってくるだろ?
剣の振り方位なら共有できる部分はあるだろうけど、それ以外は悪い癖をつける事にしかならないとおもうよ」
もう、自分に戦い方を選んだんだろ?
カイトのその言葉にハットなる。
俺は重武装の剣士。
カイトは軽装の剣と弓の使い手。
間合いの取り方、その後の戦い、最中の行動の目安。
その全てが違うもの。
同じ軽装のリースなら参考にできる事もあるだろうが、俺ではできない動きの方が多すぎる。
「まぁ、試合形式の実践訓練ならできるだろうけど」
「いや……それは……やめとこうかな」
現状だとカイトに引っ掻き回されて自信喪失しかねない。
強い相手とやりあうのは確かに勉強にはなるだろうけど、強すぎる相手と戦ってもなにをすればいいのかわからないまま終わってしまって訓練にならない。
「じゃあ……あぁ、後は気配の配り方とかなら教えられると思うけど」
「あー、そうか、そうだな。
なら、とりあえずそれ教えてくれ。
その後はまた考える」
了解。と返事をしたカイトは、「ついてきて」と言うと近くの林の中へ入っていった。
何をするのだろうと後を追っていくと、カイトは林のほぼ中央当たりで足を止めた。
ここは確か街の外れの雑木林だったよな……と、宿探しの為に頭に叩き込んだ街の地図を引っ張り出す。
「ここでなにするんだ?」
「んー……あ、丁度いい。
あの切り株の上に座ってくれる?」
何をするかわからないまま、取り敢えず切り株の上に。
「これでいいか?」
あぐらをかいて座った俺に頷くカイト。
「まずは、気配の配り方からね。
ここは危険な動物は出てこないようだから丁度いい。
まず、その場で目を瞑って周囲の気配を感じとってみる事。
最初は何にもわからないだろうけど、慣れてきたら木々や葉っぱの揺れる音とか、踏みしめる土の音でどこに何があるのかだいたい把握出来るようになるから。
それがわかるまではこれを続けて」
その言葉に呆れとため息がでてしまう。
確かに気配を配る事は重要だが、木々の位置がわかるようになるまでにどれだけ時間がかかる事か……。
その考えを顔から読み取ったのか、カイトが笑ながら答えてくれた。
「何も全部の位置関係を把握しろって事じゃないよ。
どんな時にどんな音が、どんな風に出るのかって事をまず把握する事が大事なんだよ。
葉の揺れる音でも、風で揺れるのと動物の体に当たって揺れるのとじゃなり方が違う。
だからまずはその違いを感じ取る事からはじめるんだよ。
もし聞いた事が無いようななり方をしたら、目を開いて確認してもいいからさ」
その言葉に納得した俺はとりあえず目を閉じてみる。
「後もう一つ。だいたいの時間の流れを感覚でわかるようになって。
前線で戦っていると疲労もたまるし時間の感覚も曖昧になる。
でも、引き際となる時間を把握するのも大切だ。
長時間戦いすぎる事が無いように、自分の時間をはっきり作る事。
とりあえず今回は2刻後に宿の前で合流って事で」
「了解。とりあえずやってみるわ」
「それじゃ俺は、一旦街のギルドに顔を出してくるよ」
閉じた視界の中、カイトが去って行く音が聞こえる。
その音も消え去った後、微かな梢の音だけがする中、俺は一つの不安を抱いてしまった。
ちゃんと、宿に迷わず帰れるだろうか……と。
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ギ……ギギィィ……
きしんだ音をたてて両開きの扉を開け、中にはいる。
窓から入る光量は少なく、昼間でもランタンの灯りが揺らめいている室内は薄暗い。
壁にかかった依頼版を覗くもの。
椅子に座り仲間を待つもの。
様々な人がいる中を受付まで進んで行く。
そんな俺の顔をじっと観察する人間は少なくない。
新顔や余所者を警戒するのはギルドの常らしい。
ここ以外に寄った所でも、概ねこんなかんじだった。
そこまで人の視線を気にする質ではないが、こうも繰り返しじっとりとした視線を感じればさすがに気になってくる。
あまり深く考えても仕方が無い……が、これが気にならなくなるのは相当先の話になるだろうなと、カイトは自身に向け苦笑を漏らした。
もっともそれは、周りから見れば『不敵な新顔が自分達の視線を気にもせず笑って流している』ようにしか見えんかったのだが。
そんな事とは知らず、カイトは予定通りにカウンター……受付へとたどり着いた。
「こんにちわ。新顔さんですねー。
この街のギルドは初めてですか?」
くるくると癖のある栗色の髪を肩まで伸ばし、鼻の辺りにそばかすの散った何処となく愛嬌のある顔に、小動物の様なくりっとした瞳。
顔全体に和やかな笑顔を浮かべた受付の女性は、どこか面白そうな様子で語りかけてきた。
「ええ。この街にくるのも初めてです。
しばらくこの街に滞在する事になったので、何か仕事はないかと思って顔を出したんですが……」
「なるほど。それでは情報を照会しますので、ギルドカードを出してもらってもいいですか?」
「はい」
コトリ……と首からぶら下げていた銀色の薄い鉄片を外し、カウンターの上に置く。
受付の女性はそれを受け取り、慣れた動作で側にあった円形の台座の上に乗せ、丸い円盤の様なものに手を添えた。
そして二つか三つ程……聞き慣れない言葉を唱えると、カードを乗せた台座が眩く輝き、その上にいくつかの文字が浮かび上がった。
「登録者氏名……カイト。登録地は、ローゼスハイト皇国メロキャラン。依頼達成数は……多くは無い様ですが、国境の砦にてアースリザードの群れを警備兵と共に撃破。その後未踏破迷宮一つの攻略と……小規模の盗賊を1つ壊滅……ですか。
これだけでもランクアップの理由にはなりそうですね」
「は、はい」
その言葉に半ば某然と相槌をうつ。
特に報告をした覚えの無い事まで細かく出ているカードの情報に、得体のしれない不気味さを感じてしまう。
「ん?なんだか不思議そうですね」
「え、あの、特に言った覚えの無い事まで知っている様なので……」
女性はその言葉に納得したのか、軽いため息をつきながら振り返った。
「あぁ、あまりギルドカードを使った事も、説明を受けた事も無いんですね。
この以来達成数ではそのようなものでしょうか。
んー、なら簡単に説明しましょう」
そう言ってカードの手に戻って来た女性は、それをカイトに手渡しながらはっきりとした口調で告げた。
「これはいわゆる貴方の魂の一部を込めた、貴方のこれまでの人生全ての情報が詰まった貴方自身の欠片。
今まで行った行為は全て貴方自身に記憶が残るように、その情報の断片がこのカードにも残るんです。
だからこそ、これは世界共通の身分証足りえ、私達はそれを元に実力を図ることが出来るんです」
魂の……欠片?
この小さな板が?
「貴方はこのカードに最初、自分の血液を染み込ませましたよね?
その血に混ざった貴方の魂が、現在も残り続けているのです。
ついでに言えば、このカードに乗っている客観的な情報は、世界に満ちる精霊と、神様によって記されています。
なので、この内容を疑うという事は、精霊と神を疑う事でもあるんですよ?」
成る程。
それならば確かに理解できる。
精霊は確かに存在する。
精霊と交感できる能力を持った精霊士という職業も存在するし、魔素の濃い聖域と呼ばれる場所では何の力も持たない一般人ですら視認できる。
そしてそれの上位に位置する神もまた、存在する。
それは今現在も行われている神殿の『奇跡』によって救われている人達の存在で証明されてもいるし、大神官様が年に一度行われる『神託』によってもだ。
現実に存在する相手の事を疑うとすれば、余程猜疑心に塗れた人間か、子供よりも理解力の無い者だけだろう。
だからこそ、他人を証明する事が難しい現在で唯一の、公的な証明たり得るのだ。
「とりあえず、今回の業績云々は上の方に報告させていただきます。
ランク等は追って知らされる事になるでしょう。
現状としては貴方が受けられる依頼は……」
すっと指を側の依頼版へと向け、「ここからここまで」と指で一部を区切った。
「それではまた何かあったら呼んで下さい」
「あ、はい。わかりました。
……えーっと……」
「セニア」
自分の名を告げ、彼女はにっこりと微笑んだ。
少し細かい設定だとか、地力あっぷだとか。
そんなかんじでゆったり進めて行こうかと。