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湯の街リリアルト:後編

「ここ……?」


とりあえず始めに兄さんが見つけた所に行ってみようという事になりやってきたのだが……。


「あー、うん」


その外観が、どうにも『普通』じゃなかったのだ。


どう普通じゃないかって言うと……。



「なんて言うか……趣味悪いですね」



そう、その一言に尽きた。


かなり大きな宿だったが、壁は白い土を塗り固めたようなもので、その所々に金で装飾されていた。

屋根は薄く伸ばされた陶器のようなものが敷き詰められていて、その両端には何故か背中を反らせて尻尾を天に突き出した魚の姿。


しかも結構凶悪そうな顔をしている。


「大丈夫なの……?」


不安そうに聞くリース姉さんに、「働いてる人はいい人だったよ?」と、少し冷や汗を流しながら答える兄さん。


う、うたがってるわけ……じゃ……いや、ちょっと……うん……だって見た目が……。


目と目で会話しお互いに心の中で同じ事を考えている事を確かめあってしまう。


「と、とにかく中に入って話してみればわかるよ!」


そう言って一人中に入って行った兄の後を、

私達は慌てて追いかけるのだった。




***********




「いらっしゃいましー」


中に入った俺達を待っていたのは、奇妙な衣服を纏った男女。



女性は何枚かの衣服を重ねて着て、腰のあたりで幅広の布で纏めてとめているようだ。



その隣、男の方は女性の方より1枚か2枚程少ない枚数で、同じように腰あたりで布を巻いている。


二人とも髪を不思議な形で結んでいて……。


「ようこそおこしくださいました。

私共の『倭国宿』へ。

精一杯おもてなしさせていただきます」



そう言って二人は、一段高い所で膝をつき、深々と頭を下げたのだった。



「倭国って事は……あの東の果ての?」



以前姫様のおもりの時に読まされた本に載っていた、遥か東の果ての島国の名前。


それが確か倭国だったはずだが……。



「へぇ!旦那様は私共の祖国をご存知でありましたか!」



嬉しそうに顔を綻ばせて頷いた……おそらく店主の男性。



「な、名前だけは」


「左様でございましたか。

しかしそれでも中々珍しいもので、大抵のお方は全く知らずに訪れるもので……」



それもそうだろう。


ここから倭国と言えば、確かいくつもの国を越えた末に海を渡ってたどり着ける場所だ。


むしろここに倭国の人間……もしくは、倭国の風習を詳しく知っている人間がいる事自体が恐ろしく珍しいだろう。



しかしその事を伝えてしまえば、おそらくこのままずっとここで宿をする経緯を延々と話されてしまいそうだ。


流石にそれで皆を待たせるのは悪いと思い、カイトはなんとか話を変えようと切り出した。



「所で今、この宿は5人と一匹で泊まれる空きはあるかな?」


「あ、へぇ!5人部屋か2名3名で分かれるか、どちらかでのご利用になりますがそれでよければ。


しかし、ご一緒の小さいお供の方に関しては、私共でお預かりする事になるかと思われます……」


申し訳なさそうに眉をひそめ、俺の足下でパタパタと尻尾を振っていたクルトを見る店主。


その視線を受け内容を理解したクルトは、かわいそうな程に尻尾を垂れ下げきゅーんとないた。


入り口の状態で見ればわかったが、この宿は靴をぬいで内部に入る作りらしい。


店主の物と見られる草を編んだような不思議な履き物と一緒にいくつかのブーツが置いてある。



という事は、靴を履く事がないクルトは脱ぐ物がなく。



「宿内は土足での立ち入りをお断りしておりまして……。

同じ理由でその……お供の方には中へお連れいただく事はお断りさせていただいているんです」



店主の言葉を聞く度に背中を丸め小さくなっていくクルト。


自分にとっても家族のようなもので、行動を共にする事が当たり前になっている今となっては……。



「どうしよう?」


困り果てて皆の意見を聞こうと振り返る。


「もう一つの所にいってみましょう」


間髪いれずそう答えたのはルルカだった。



「だって、クルトも同じ仲間で家族ですもの。一人だけ離されるのは可哀想です」


「ん……だよなぁ。もう一箇所空いてる所見つけてるって言うし、そっちがダメだったらもっかいここに来ればいいんじゃないか?」


「そうよね。折角の宿だもの。皆一緒にいなきゃ」


「って事で、決定ですかね?」


それぞれがそれぞれに同意の意見を返し満場一致でもう一つの宿に行く事が決まった。


クルトはその言葉で尻尾をぶんぶん振り回して喜びの感情をあらわにし、宿の店主は申し訳なさそうに「もしまた何かありましたらいつでもおこしください」と丁寧に頭を下げるのだった。






***********






「で、ここがもう一軒の宿?」


そこにたっていたのは“民家”と呼ばれるのが一番しっくりきそうな質素な家だった。


といっても崩れかけたボロ屋などではなく、しっかりと手入れの行きとどいたこじんまりとした建物という意味でだが。



立地自体入り組んだ路地の奥まった所にあり、よくここを見つけられたなと感心してしまう。


「えーと、近くを通っていたら、鈴の音が聞こえてきたのでなんとなく入ってみたんです」


その感想が理解できたのか、ルルカが少しはにかみながらそう答えた。


「俺もびっくりしたよ。急にルルカが『こっちに行ってみませんか』って言ってこの路地を指差してさ。

理由もなんとなくって事だったから、半信半疑で入ってみたんだ。

そしたらこの看板が見えてさ」


そう、ここが民家ではなく宿屋だと分かった理由。


それがこの家にかかった看板。


丸い木枠の中にに一本の枝が中央に渡っていて、その上に一羽の渡り鳥が止まっていた。

その渡り鳥の足下には、小さく文字が書かれた看板がぶら下がっていて『とまりぎ』とだけ書いてあった。


「なんのお店かわからなかったんで中を覗いてみたら宿主さんがいて……」


「へー。不思議な偶然もあったもんね」


偶然……偶然ねぇ。


妙に“鈴の音”が気になった俺は、リースの言った通り、それがただの偶然だとは思えない気がした。


最近何度かルルカが言っている鈴の音は、何かしら意思のようなものが混じっているような気がして……。


「まぁここで悩んでても仕方がないし、ひとまず入って話をしてみようよ。


それでいいでしょ?トリス」


「あ、ああ、そうだな」


俺は頭の中に溢れた疑念を追い払い、仲間達と扉を開けて中へと足を踏み入れた。





***********






扉を開けて中に入った瞬間、なにか懐かしい匂いを感じた。


だが、別に特別な匂いが出る何かをおいている様子はない。


作りは古くても清潔に保たれた室内。

居間の中央には少し大きめのテーブルが幾つかと、10組程度の椅子。

今は暑いフレムの時期の為に中央の立派な暖炉に火は灯っていないが、冬になればそれは中に炎を湛え、住んでいる者の心と体、両方を暖めてくれる事だろう。


人の姿は無いようだが、入口そばに申し訳程度に作られたカウンターの存在以外には、普通の家より少し広めというだけで他には何の変哲も……。



そこまで考えて気がついた。



ここは中の雰囲気や構造が、普通の家庭そのものなのだ。

特殊な造りはされず、ただ純粋に『広めの家』として作られたとしか思えないその構造とそれが醸し出す雰囲気に

、在りし日の我が家を思い出した事が『懐かしい匂い』がしたと思った原因なのだろう。



そこまで考えた時、居間の奥……恐らく炊事場だと思える場所から「あらあらお客様かしら。ごめんなさい、今手が離せないの。もう少しで終わるから、そこの椅子に腰掛けてお待ちくださる?」と声が。


顔を見合わせた俺達は、「わかりました」というカイトの返事に合わせ、各々側にあった椅子へと腰掛け、宿の主を待つ事にした。









「お待たせしてごめんなさいねー。


……あら?そこにいるのはさっきの子達ね?後ろの人達が、さっき言ってたお仲間さん?」



そう言ってパタパタと小走りに出てきたのは、穏やかな顔をした齢60程のおばあさんだった。


ほぼ完全に白くなった髪を持った、柔和な表情を浮かべたその人。


「まるで孫がたくさんできたみたいね」


そう言って笑う彼女は、どこからどう見ても“普通のお婆さん”だった。





「はい、どうぞ」


少し待ってね。と言われ差し出されたのは、琥珀色の液体。


「自家製のハーブティーよ」


口をつけると、爽やかな花の香りが口いっぱいに広がった。


「美味しい!これ、なんて花なんですか?」


「それはポムという木に咲く花よ」


「ヘェ〜。ポムの木の花からこんな美味しいお茶が作れるのね」


確かにそれは驚きだ。

ポムの木と言えば、庭どころか街角や森の中問わず、様々な場所に立つありふれた木。


綺麗な花をつける事はよく知っているけれど、その花からハーブティーが作れると聞いたのは今日が初めてだ。


「そうよ。と言っても、滅多に作る人はいないんだけれどね。

作るのに花をたくさん集めないといけないから」


「あー、なるほど。ポムの木って、花は咲くけど沢山は咲かないから……」


確かにあれは、年に一度花を咲かせるが、一本の木に10程度。

こうやって使うのであれば一度干す必要があるだろうから、もし仮に1年毎日飲み続ける分を作ろうとすると、かなりの数の木から花を取らなければいけないだろう。


「家族でたまに楽しむ分を作るなら、暇な時に摘んで集めておけば意外となんとかなるんだけれどね」


「そっかー。……あの、もしよかったら、作り方とか教えて貰ったり……」


「ええ、いいわよ。喜んで」


やったー!と歓声をあげるリース。

ルルカとニーナも興味津々だ。


といってもルルカは「これ商品になるかも」と、少し別種の興味を覚えているようだけども。


「丁度いま作っている所でもあったし。

ただ、最後まで手順を見せながらという事になったら、1週間位かかってしまうのよね」


どうする?と聞かれたニーナ達は、揃ってカイトと俺の顔色を恐る恐る伺ってきた。


「あ、あのね、できたら真っ先に飲ませてあげるから……」


おずおずとそうきりだしたニーナ。


俺とカイトは揃って苦笑しながら顔を見合わせた。


「お前に任せる」


俺の一言に更に苦笑したカイトは、「まぁ、急ぐ旅でもないしいいんじゃないか?一週間位」


こうして俺達は、この街で1週間程落ち着く事になったのだった。

リリアルト到着。

宿探しで長くなりそうだったので、前後編に分けて書いてみました。


必要があったのかどうかはワカリマセン。

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