不吉な予感
このぐらいのペースで更新していけたらな……とか
「ん? あれはなんだろう?」
彼方まで続く街道の先に、何かがいる。
まだ距離が離れているのでそれが“何か”はわからないが、いる事自体は見えている。
それなりに人数がいるのか、その集団は街道を列になってこちらに向かってきていた。
流石に馬鹿正直に街道の上を進む盗賊はいないだろうが、注意をするに越したことはない。
発見したカイトとリースは、若干の緊張を秘めながら、中にいたトリス達へと注意を促した。
あれから一刻後、肉眼ではっきり確認できる段になって、ようやく一行は緊張を取ることができた。
相手の集団の先頭からほどちかいところに、この国の国旗がたなびいているのが確認できたからだった。
一定以上の人数が行動する時は、必ずその集団が属している場所の旗を掲げる決まりとなっている。
ギルドであればギルド旗。
騎士であれば国旗。
それは自分達が野盗などでは無く、きちんと統制された集団である事を示すもの。
旗が無ければ衛兵等に知らされて討伐されても文句は言えない。
それは、未だに終わる事のない“戦争”が続き、都市以外では平穏とはまだまだ遠い現在での苦肉の策でもある。
代わりに、自分達の住む国の旗が掲げられていたりすれば、途中で食事等をもらえたりする事もあるのだが。
なんにせよ、前方の集団が騎士である事がわかったからには、早々警戒する事もない。
邪魔をしないようにと距離を開け、すれ違える様によけながら、なんとなしにその騎士達に目を向ける。
ざっと見たところ人数は50人ほどか……。来た方角から考えれば、まず間違いなく国境の砦からだろうが……。
そんな事を考えていたカイトは、二つに別れていた騎士達のうち、後方のグループの先頭が見知った人間である事に気がついた。
「ウォルコットさん……?」
「ん?……おお!カイト君か!」
つい名前を口に出してしまったところ、やはりと言うか、その当人からの返答が。
不思議そうにこちらを見てくる前方の騎士に「こちらは大丈夫だ。先に行っててくれ」と言うと、「久し振りだな!元気だったか?」と親しげに声をかけてくれた。
「ウォルコットさんこそ。国境は大丈夫なんですか?」
「あぁ、新兵共が入って来てな。俺達は入れ替わりでこれからしばらく王都付きさ」
少し照れ臭そうに言うウォルコット。
見れば後ろの何人かは同じくあの日、リーザドと戦った人の顔も見受けられる。
「成る程!おめでとうございます」
基本的に入ったばかりの新兵は、一度王都で訓練を受けたあと、各地へと振り分けられ、野盗や魔物との戦いで実践を経た後、王都に帰還して本隊へと帰属する事になる。
ウォルコットは国境で分隊を任されていた……という事は。
「これで俺もやっと中隊を任せてもらえる。頑張ったかいがあったよ」
やはり階級が上がり、より多くの兵を任される事になる場合も、同じ様に一度、比較的平和な場所で経験を積んでからの配属となる。
友好国家との境だったとはいえ、国境の砦に居たウォルコットは、やはりそれなりに期待されて居たのだろう。
例え友好国だったとはいえ、いつ戦争状態になるかはわからない。
そうなった時に即応出来る人間も必要な為に、国境へと配属されるのは古参か、それなりに優秀な者に限られる。
一度に全ていれ変わらず、何度かに分けてゆっくりと内部の人間が変わって行くのもそれが理由だ。
賄賂や癒着等が出来ない様にという理由もあるようだが。
やはり本隊で中隊を任される事になった彼の表情は明るい。背後の兵達もそうだ。
だが、その顔に一瞬影がさしたような気がした。
「……なにかあったんですか?」
「ん?ああ……ここだけの話だが、最近隣国との情勢が怪しくなっていてね」
もちろん君のいた国ではないよ、とつけたしてくれる。
ローゼスハイトではない……という事は……
「南のゴルト帝国ですか?」
心当たりのある名前を言ってみれば、案の定そこだったらしい。
一気にウォルコットの眉間にシワがよっている。
「ああ。以前から小競り合いが続いてはいたんだがな。最近、それなりの規模の人員を集めているとの話がある。今回の招集も、半分はそれが理由らしい。」
「また戦争ですか……」
「あぁ。もう、こんな事など無くなればいいんだがな」
何年、何百年と続く争いの歴史は終わる事無く続いている。
きっと皆が同じ考えであると、そう思えるのに尚続く争いは、やはり人が人であるからなのか。
それとも、他に何か大きな力が働いているのか……
「ま、気にしたって仕方が無い。戦うのが俺の仕事だしな。
大事な人を、国を守る。
その為にここにいるんだから」
そう言って笑う彼の、彼等の顔は誇りと自信に満ち溢れ……きっとこの人たちなら大丈夫。そう思えてくる。
「それより……その隣にいる可愛い嬢ちゃんが、前にいってた妹さんかい?」
「あ、はい。妹のリースです。それから……」
トリス達も紹介しようと後ろを振り向くと、馬車の幌からトリスとニーナが顔だけ出して上下に並んでいた。
かなり至近距離にあった為に思わず「うぉっ」と声を上げ、上半身を仰け反らす。
「ぶっ……くっくっく……そちらは、お仲間さんかい?」
その姿に思わず吹き出しながら聞いてくるウォルコット。
「え、ええ。……幼馴染みのトリスと、その妹のニーナです」
若干顔を赤らめつつも、なんとか答えるカイト。
トリスとニーナも紹介されたからか、幌から出て来てそれぞれに挨拶を交わしている。
チラッと見えた内部では、ルルカとクルトが気持ち良さそうに眠っていた。
起こすのも悪いかと思い、顔を戻すと、何故か知らぬ内に話が盛り上がっている。
「……そう、んでな、砦から飛び出したカイト君とクルトが、橋の上を駆け出して……」
……意識をそらしたのは一瞬のはずだったんだが……。
「向かってくる人波の間を通して、背後に迫っていたリザードに矢を撃ち込み……」
更に、何故か興味津々に聞いているリース達。
ウォルコットの後ろに居た兵士達も話に加わっている。
「そちらを片付けた後、一直線に私達の元に駆けつけてくれて……」
口を挟む隙も無く、あの日の出来事を最後まで語られてしまった。
「兄さん……やっぱり無理ばっかりして……」
「ほんと、どんだけ強くなってんだよ」
「もうなんて言うか……うん……」
三者三様の評価と、呆れた顔をしている仲間達。
だんだんと気恥ずかしくなってくる。
「それでな、その後お礼も兼ねて酒場に行ってだな……」
「う、ウォルコットさん、だいぶ離れちゃってますけどいいんですか?」
流石にそこまで語られるのは嬉しくないと、慌てて口を挟む。
「お、いかんいかん。それじゃ、またこの国にくる事があれば顔を出してくれよ。
君達の話は仲間達に伝えておくから」
「わかりました。話はしなくてもいいですけども」
自分の話が他国家の騎士や兵士に伝わって行く可能性に冷や汗をかきつつ、ウォルコット達との別れを惜しむ。
今後彼等と再開する可能性は低い。
戦争や野盗、魔物との戦いで命を落として行く者達は数しれない。
どんなに腕があろうと、常に危険と隣り合わせだからだ。
「それじゃ、また」
そう言って去って行く彼等の後ろ姿は誇り高く、もう一度、そんな彼等と飲んで、騒ぎたい。
そんな事を考えてしまうのだった。
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「でも、ここでまた戦争が始まるのかしら」
兵士達と別れ、国境へ向かう馬車の中、不安にかられたのかリースがそうつぶやいた。
気持ちは分かる。
この国が戦争になるという事は、あのラスティカの街も巻き込まれるという事で……
「大丈夫さ。しかけて来るかもしれないのはゴルト帝国なんだろ?
南からなら、ラスティカまでは距離がある。
何かある前に、あの人達なら逃げ出せるさ」
馬車の中からトリスが安心させようと声をかけてくる。
「それに、あの街にも衛兵はいるし、壁も高い。
ちょっとやそっとじゃ落ちないよ」
「そうね……そうだと……いいわね」
それでも不安を消せないのか、暗くした顔をルルカへと向ける。
家族が、知り合いが襲われる瞬間を目の前で見せつけられた事がある人間としては、同じ思いを、この心優しい少女には味合わせたくない。
その感情が痛いほど読み取れる横顔を見たカイトは、ある事を決意した。
「何かあったら、僕達も行けばいい。ラスティカに。
何ができるかはわからないけれど、きっと、トルネさん達を救う事は出来るはずだ」
そう呟くと、リースも、トリスも、同じく決意が決まった顔で、しっかりと頷いた。
兄達の話を聞きながら思う。
また、人が死ぬのかと。
そして、きっと私は、またそれを見ている事しかできないんだろうなと。
ああ、力が欲しいな。
大切な人を、好きな人を守れる力が、欲しい。
あの輪の中に入って、同じ気持ちで決意できたら……。
ほんの少しの疎外感と、自分の非力さを恨みながら、ニーナは馬車の後ろから除く風景を見つめた。
その先には、先程別れた兵士達の後ろ姿。
その遥か先の空は、彼等の行く末を暗示するかのように、暗雲が立ち込めていた。
国境まであと少し!
竜が出るまであと少し!
なはず。