変わった物、変わらぬ物
だいぶ遅くなってしまいました。
3章スタートです。
燦々(さんさん)と照りつける太陽のした、
初夏に向けて徐々に気温が上がっていく中を、黙々と街道を進む馬車がいた。
やや大きめの馬車の御者台には、やや煤けた茶色……枯れ草の様な色の髪をした一組の男女の姿。
「暑いわね……」
少女は顔を手でぱたぱたと扇ぎながら、だるそうに呟いた。
その顔にはいくつもの汗の玉が浮かんでいる。
しかし、その隣の青年はと言えば、全く暑さを苦にする素振りも見せずに、馬に繋がる革紐を握って淡々(たんたん)と歩を進めさせていた。
「……そんな格好してるからだよ……」
その青年は、少し呆れたような顔で少女を見ると、その着ている……と言うか、着けている物を見ながらそう呟いた。
「いやいや……兄さんの方がおかしいって……」
横目でじろりと『兄』と呼んだ男の、
着ている服を見やった。
革の鎧を隙なく身に付け、いつ何が起こっても対処できるような、万全の体制の少女。
かたや風通しの良い、ゆったりとしたズボンとシャツを身に付けた青年。
この季節の服装として正しいのは青年の方だろう。
しかし、“現状”というものを考えた時、理想で言えば少女の方がピタリと合致している。
結局は、何を優先したか……という事なのだ。
妹の着ている革鎧は、全身を覆う物ではないが、胸や肩、肘や腕、脚など、急所や守っておきたい部分、防御に使う部分はほぼ全て覆われている為に、それだけで結構な面積を覆っていた。
更に当然ながら重量も衣服と比べると格段に上がる為に、それを着けての行動もそれなりに力を使う。
いくらあまり動かない馬車の上と言っても、つけている物がそれだけ違えばかなり状況は違ってくる。
妹にしてみたら、
『いつ』『どこで』『なにが』あるかわからない旅の途中なのだ。
いきなり脇の森や崖の上から矢が飛んできたりーー今は見晴らしのいい平原だがーーいつどこでモンスターが襲ってくるかもわからないのだ。
どこで何があるかわからないのだから、それに備えるのが当たり前で、そうしていなければどうなるかわからないのが今の世の中だった。
だが、兄にしてみると、『いつ』『どこで』『なにが』あるかわからない事の為に四六時中備えをして、
『いざその時』に体力を失ってへろへろの状態で戦わなければいけない事の方が問題に思えていた。
これが例えば、真冬で凍えるような寒さの時に、全身に分厚く服を着込んで満足に動けないような事があれば問題になる為に、多少の寒さを我慢したりはするだろうが、今であれば見通しも悪くなく、腰に武器も下げている為に、遠距離から弓で狙撃されたり魔術で狙われたり、馬で併走などされない限りはそこ迄不安になる程の事は無い。
何かあれば後ろにいる仲間達が戦っている間に胴鎧だけ着けたりする事も可能だろう。
ーーまぁ、その時はそのまま戦うだろうが。
兎に角、今は過剰に守備を固める必要は無い……という考えが先にあった。
これは、二人の経験や技量ーー自信等はあったかもしれないがーーが問題ではなく、ただ単に二人の考え方の不一致がこのような結果を出しているようだった。
結局二人は、朝に繰り返されたやりとりをもう一度御者台の上ですると、またそのまま並んで、黙々と馬車を進めるのだった。
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「……どうだ……?」
「……だめ。変わんない」
軽く呆れたように返された言葉に思わず落胆の溜息が漏れる。
今日でラスティカを出て三日目。
最初の朝は二人並んで仲良く話をしていたのだが、その日の午後になると話す内容がなくなったのか会話が途切れがちになり、昨日はたまにぽつぽつと話す程度。
今日に至っては乗る前に装備の件で軽く言い合いになり、今はこの有様。
……やはりそろそろ御者台に乗る人を変わった方がいいのか……?
昨日から考えていた事を改めて検討する事になってしまいそうだ。
しばらくぶりに再会して、どう接したらいいかわからないのだろうとたかをくくっていたらこれだ。
朝から妹のニーナとルルカの三人で話し合い、どうしようかと相談するも、他に方法は考えつかない。
どちらかと言えば、お互いがうまく話せないと言うより、リースが以前の様に話せない為に、カイトも反応に困っている……という方が近いようだ。
おそらく離れていた間により綺麗に別れてしまった性格の部分と、知らない間に遥かに強くなってしまっていた兄への接し方がわからない……という事だろう。
戦いになれば自分よりも遥かに上の兄に、それに関する事を指摘する事の矛盾や戸惑いと、だが、しかしと言った性格上の……生真面目さや安全第一といった部分での抵抗感の板挟みで、どうすればいいのかわからないといった所だろうと思う。
俺としてはどっちの話にも理があり、結局は当人の好きにしたらいい部分だと思うので……まぁぶっちゃけどっちでもいいのだけれど。
雇い主が防備を固めろと言っているなら話は別なんだけれども。
事実自分も今は重い鎧の大半を外し、肘や小手といった最小限の部分だけ着けている。
いつでも即応できて、かつそれなりに過ごしやすいので、馬車に乗っている時などはいつもこの格好だ。
重い全身鎧の利点の一つとしてあるのが、この鎧の『一部着脱』なのだが……まぁそれはどうでもいい話。
結局今大事なのは、『兄妹の溝をどうやって埋めるか』なのだ。
同じく心配しているルルカとニーナと三人で顔を寄せ合い、俺達は今後、どうすれば二人が元のように仲のいい兄妹に戻れるか、その為にできる事は無いかと相談しあった。
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『なんでそう、軽装なのに不安のひとかけらも無いような顔で座っていられるのかしら……』
御者台の上、私は呆れとも憤りとも違う感情を胸に、隣に座る兄の顔をチラチラと盗み見ていた。
再会した直後は、これ迄の話などをお互いに聞かせあって、特に会話が途切れる事も無かったが、改めて馬車に乗り、二人きりになってしまうと、何故か緊張して話が出来なくなってしまう。
最初は聞いていなかった昔の話や思い出話をしていたが、それも尽きると何を話していいのか……時折話しかけても話しかけられても、どちらもすぐに会話が終わってしまい気まずくなってしまう。
……やっぱり、離れていた時間が長過ぎたのかな。
3年という月日で、あまりに違う日々を過ごした二人。
境遇もなにもかも違うそれは、3年という、人によっては短いと感じる月日でさえ、まるで底の見えない断崖のように私と兄を隔ててしまっていた。
数年振りに会った兄は、以前とは別人の様に強くなっていて、それは、冒険者として過ごした自分よりも遥かに上で……。
再開してすぐは何も感じず話も出来たが、徐々に兄の事を知るにつれて、まるで以前とは別人のような兄に、どう接していいかわからなくなってしまう。
例えば、今の装備にしてもそうだ。
基本は常に何があってもいい様に装備を固める物だ。
まぁ、常に臨戦体制という訳では無いけれど、何かあったらすぐ飛び出せる程度にはしておくのが普通。
危険がつきものの街の外では常識であるそれを見事に無視している隣の兄。
……そりゃあ剣は腰につけているけれど、防御面では全くといっていい程用意されていない。
朝は思わずそれを指摘してしまい、着ける様に強く言ってしまったが、今では『兄ならこれで十分なのではないか?兄自身がそう判断しているならそれでいいのでがないか?』とか考えてしまう。
攻撃を避ける事を考えるならその動きを妨げない様に防備は最小限に。
それは回避主体の戦いをする人間によく言われることで、この兄なら、敵の攻撃を全て避ける事もできるのではないか?
その自信の為に、ここまでの軽装になる事もできるのではないか?
などとまで考えてしまう。
……カイトからすれば考え過ぎと苦笑するしかなかったが。
だが、彼の考えを知る事も出来ず、かと言ってそれを直接ぶつける勇気もなかったリースは、一人御者台の上で暑さと戦いながら、悶々と考え続けるのだった。
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「今日はここで野営しよう」
だいぶ日が傾いて夕暮れも近い。
この付近には村も街もない為に、どうしても一度は野宿をしなければならない場所だった。
以前トルネとラスティカに向かっていた時も、確かこの辺りで野宿したはず。
ここは程々に森に近く、食料確保も出来そうだ。
その割には見晴らしもいいので、何かあっても対処しやすい。
「ん……まぁそうだな。森もあまり近くには無いし、見通しもいい。
馬も休ませてやらないとな」
事実、朝からほぼ走り続けていた馬もだいぶ疲れているようだった。
「とりあえずここに火を起こしておいてくれないか?
俺は近くの森で獲物を獲ってくるよ」
そういって自分の荷物から弓と矢を取り出した。
足元には、最近あまり動き回れずに欲求不満気味だったクルトが、「ぼくもいく!」としっぽを振り回してまとわりついている。
「……私も行くわ」
それじゃあ待ってて……と言おうとしていたカイトは、その言葉に耳を疑った。
「リースも来るのかい?」
トリスは狩りもした事はあったはずだが、リースができるとは聞いた事が無い。
どうしたものかとトリスを見ると、最初は彼も驚いているように見えたが、何故か納得したように頷いた。
「いいじゃないか。
食料は買い置きもあるし、無理に獲ってくる必要もない。
失敗してもいいから、リースもつれてってやりなよ」
そう言うとトリスは、ニーナとルルカを促して野営の準備を始めた。
どうしたものかと考え込んでいたカイトだったが、リースが予備の弓を取り出し準備を整え、「ほら、早くしないと日が暮れるんじゃない?」と言い出すともはや何も言えず、大人しくクルトとリースを連れて森へ入って行く事になった。
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さわさわと木の葉が揺れる中、息を殺してゆっくりと森の奥へと入って行く。
弓を握る左手には汗がじっとりと滲んでくる。
森に入ったのは初めてという訳ではないのに、何故だろう。
今まで入った時とはまるで違う空気が漂っている気がする。
思えばここまで息を殺し、気配を殺しているのは初めてかもしれない。
呼吸すら最小限にとどめているせいか、息苦しくすら感じる。
ほんの少しのきっかけで、全てが崩れ去るような、ほんの少し力をいれれば壊れてしまう物を扱う時のような緊張感。
それを壊さぬように、細く、長く息を吐く。
だが、そんなビクビクしている私を嘲笑うかのように、無造作にも見える挙動で森の奥へと入って行く兄。
もしかしてこんな事を考えているのは私だけで、実はそんなに気を払う必要はないんじゃないか?
一瞬そんな風に思えてしまう。
だが、まるで無造作に歩いているように見える兄も、細心の注意を払っているのはわかっている。
ーー要は、慣れているのだ。
大きな枝を踏まぬ様に。
頭を高くあげすぎぬように気をつけながら、周囲を見渡し。
なるべく音を出さずに、低木の葉を掻き分ける。
一つ一つの行動を、どの程度の力で、どの様に扱えばいいかを、身体が理解してるのだ。
『結局これが、兄さんと私の差なのかな』
剣を振る一動作でも、頭で考えながらするのと、身体が自然に動くのとでは大きな差が出てくる。
必要な時に必要な行動を自然と行える様に、何度も繰り返し動かして、身体で覚えなさい。
以前ベルクさんに言われた事を、
今になって改めて理解する。
あぁ……身体で覚えるってのは、こういう事なんだなぁ。
きっと兄は、これまでに何百、何千とこれを繰り返してきたんだろう。
だからこそ自然に、無理なくこの場所で行動できるんだ。
前を行く兄の背が、とても遠く感じる。
遥か彼方を行くように……。
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『……へぇ……驚いたな』
注意を払い、森の奥へ奥へと入って行く。
気配を殺して進むカイトは、背中を追ってくるリースの動きが“かなりできている”事に驚いた。
流石に冒険者をやっていただけあってか、気配の殺し方をよくわかっている。
何に注意を払って、どんな風に行動すればいいのか。
本来なら何度も何度も森に入り、失敗を繰り返して覚えて行くのだが、リースは初めての狩りのはずなのに、かなりいい動きをしていた。
『これなら、足でまといにはならない……のかな?』
少し気を張り詰め過ぎている気はするが、それも何度かくり返せば硬さが取れてくるだろう。
後は、自然と身体が慣れてくる。
……意外と狩りも向いてたのかな?
予想外に頼もしい背後のパートナーの存在を嬉しく思う。
次から狩りに行く時は、リースも連れて行こうかな。
獲物を狩れる人間が増えて悪い事はない。
前を行くクルトを追いながら、妹に若干の頼もしさを感じていた。
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……いる……。
だいぶ暗くなり、そろそろ戻ろうかと考えていた矢先、前を行くクルトが獲物の気配に気がつき語りかけてきた。
……この先の川の近くにいるみたい。
その声に従い、そっと前方を覗き込む。
低木から頭一つ出して遠くを見ると、その先に一頭の獣がいるのが見えた。
そこには大きな角を生やしたボアの姿。
自分が知っている物よりもだいぶ大きな角を持ったそれは、水辺で休んでいるのだろうか?
遠くでじっと動かずにいる。
自分が知っているものとは種が違うのだろうか…… なんて事を考えつつ、後ろにいたリースに小声で話しかける。
「……この先の川辺にボアがいる。
かなり大きな角を持ったやつだ。
このまま気配を殺して近づくよ」
見てごらん……と、木々の隙間から顔を出させて前方を指差す。
その姿を見つけたリースは、大きく息を吸い込むと顔を強張らせた。
「緊張しなくていい。
ある程度まで近づいたら、弓で遠距離から片付ける。
何かあればクルトもいるから、心配しなくていい」
そう言うと、クルトがまかせてくれ!と言わんばかりに尻尾を強く振り回した。
だいぶ身体も大きくなったクルトなら、仕留め損なってもトドメをさしてくれるだろう。
しっかりついてきてね……と声をかけ、俺はゆっくりと、慎重に獲物との距離を縮めていった。
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……サクッ……サクッ……。
静かな森の中、まるで自分の足音だけが大きく響き渡っているような錯覚を覚える。
ゆっくりと、慎重に獲物との距離を詰めていくこの時間が、まるで永遠のように感じる。
あのボアを見つけて、まだ数分と経っていないはずなのに、背中は緊張の汗をビッショリとかいてしまっている。
その不快感に身を震わせてしまいそうになるが、それさえ気づかれる要因になってしまうかも……と考えると、動くにも動けない。
今はただひたすら、兄の指示に従って動くのが精一杯だ。
それを悔しく思う暇もないまま、所定の位置へ辿り着く。
ここまでくると、離れた兄と話をする事もできない。
最初の予定通り2方向からの射撃で仕留めるべく、弓に矢をつがえ、そっと獲物を草陰から盗み見た。
……まだ獲物はこちらに気がつく事もなく川岸で水を飲んでいるようだ。
射撃開始の合図は、カイトの鳴き真似
。
つがえた矢を引き絞り、今か今かとその時を待つ。
限界まで引き絞った弓は、すぐにでも矢を放とうとギリギリと体を震わせている。
それを抑え込むために必死で力を込め、堪える。
ーーピュイッ
そろそろ限界……そう思っていた所に響いた音に反射的に指から弦が離れ、リースによって抑えられていた暴力的な力が開放された。
その力はつがえられていた矢を一直線に獲物の体へと運び、その腹部へと深々と突き刺した。
「ビギィ!」という鳴き声と共に体をこちらへ巡らせようと……した所に、更に違う方向から矢が飛び出し、ボアの首筋へ突き刺さった。
ーーやった!
思わず獲物の方へ駆け出しそうになる。
まだ相手は倒れていないけれど、腹部はともかく首筋に矢が突き立てられれば流石に死ぬだろう。
しかしボアは、その考えを裏切るかのように再度、今度は兄の方へと首を巡らせた。
……う……動けるの……?
その桁外れの生命力に驚き、思わず後ずさってしまう。
矢を二本受けても尚生きようとするボアは、目を爛々(らんらん)と輝かせながらカイトの方へ駆け出し……
ーーーータンッ!
そこへ間髪いれずに放たれた二の矢が突き刺さる。
今度は右前足の付け根へと突き刺さった矢に、流石に一旦足を止めたボア。
だが、ホッとしたのも束の間、再びカイトへ向かって全力で駆け出した。
ーー兄さんが危ない!
そう思った瞬間、私は一目散に兄の居るはずの場所へと駆け出した。
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前方から疾駆してくる巨体を見据え、カイトは大きく息を吸い込んだ。
限界まで肺を膨らませると、ふっと息を止め、背中の矢筒へ手を伸ばす。
矢を二本取り出したカイトは、そのうち一本を即座につがえ、キュッと引き絞ると、間髪いれずに巨体目掛けて矢を射った。
ビィン!という音と共に打ち出された矢は吸い込まれるようにボアの顔面へと突き進み……
カァン!と音高く角に弾かれた。
丁度前方の障害物を避けた所に矢が届き、運悪く正面に突き出された矢に当たってしまったのだ。
軽く舌打ちしつつも体は勝手に動き、もう一本を射出。
2本目は狙いたがわずボアの左目へと突き刺さった。
ーーよし……これで……ッ!?
怯んだ隙に距離をとろうと考えていたが、ボアは目に刺さった矢など構いもせずに、そのまま巨体をカイトに向けて突進してきた。
まずい……よけられない……!
動きを止める前提で動いていたために、回避が間に合わない。
できるだけ被害を抑えようと咄嗟に手を交差させ……
「アアアアアァァァァァァァァ!」
ぶつかる直前に、横合いから飛び出してきた何かがボアへとぶつかっていった。
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思い切りぶつかったからか、視界が定まらない。
なんとか間に合ったようだけど……
必死に追いかけた私は、兄さんに迫ったボアにギリギリ追いつき、なんとか体当たりする事で進行方向を変える事ができた……みたいだ。
でも、まだ油断は……
「クルト!」
声のした方へハッと顔を向けると、そちらから黒い塊が飛び出してきた。
うっと思わず手で庇った私はの横をすり抜けて一目散にボアへと駈ける。
ガウッっと一声吠えたそれは、一瞬でボアへ間合いを詰めると、その喉笛を掻き切った。
「ビギイイイイ!」
その一撃で命を削り取られたボアは、断末魔の悲鳴をあげると、ドウッと巨体を地へと投げ出していった。
「ハァッ……ハァッ……」
全力で走ったせいか、息がなかなか戻らない。
両手を膝に置き、肩で息をしていると、ザクっと枯葉を踏みしめる音が。
顔を向けると、笑みを浮かべた兄の姿。
「助かったよ。危ないところだった」
「なにが『危ないところだった』よ!
あと一歩遅かったら、もしかしたらあの角に突かれてしんでたかもしれないのよ!?」
「あー、うん、そうだね。
思ってた以上にタフなやつだったし、ほんと、いてくれて助かったよ」
「ーーーーそういう事じゃないでしょ!?
こんな、危ない事があるかもしれないのに、大した防具も付けないで出て来て!
もし死んじゃったらどうするのよ!?
また、兄さんと離れ離れになるのは、もう、嫌、なのに」
半泣き状態でまくし立てていた私は、自分の言葉でハッと気がついた。
あぁ、そっか。
私は、離れるのが嫌だったんだ。
軽装な兄の姿が目に付くのも、無防備な姿が気になるのも、全部。
自分との力量差とか、そんなんじゃなくって、ただ単純に私は……
「うん、そうだね。
もっと気をつけるべきだったよ。
ごめんね、心配かけた」
すまなそうに謝る兄。
「……ううん、もういいの。
ただ、今度からは、もう、無茶な事とかしないでね」
「ん。約束する」
その言葉で、何故だかすとんと心が納得してくれたみたいだ。
今までの葛藤とか、いろんな物がスッと抜けていった気がする。
「さあ……じゃあ、あれをどうにか運ぶとしますか」
そういって歩いていく兄の後ろ姿が、少しだけ近くなった気がして、私はうん!と大きく返事をすると、兄の後ろを追いかけていった。
*+*+*+*+*+*+*+*
「でね、なんとか危ないところで私が追いついて……」
馬車に帰り着き、獲物を捌いて夕食が始まると、リースは延々と狩りの話しを続けた。
きっと、初めての狩りが上手くいった事で気持ちが盛り上がっているのだろう。
目を輝かせて聞いているルルカを相手に、狩りの最初のところから身振り手振りで話しを続けていた。
「で、なんとか回避できたのよ。
あの時はほんとに危なかったんだから。
ね?兄さん?」
「ああ、そうだね」
時折ふられる話しに相槌を打ちながら焼いた肉を頬張っていると、トリスがスッと近寄ってきた。
「……なんとか、誤解が解けたみたいだな」
「ん……心配かけたね」
苦笑いを浮かべつつ答えると、トリスは笑いながら言った。
「まぁ、数年ぶりに会って色々変わってたら、最初は誰だって戸惑うだろうしな。
それが今まですぐそばに居て全部わかってた相手なら尚更だ」
そう言ってリースへ視線を向ける
「そりゃ、俺も戸惑ったけどさ、あいつは『手のかかる兄』が、気がついたら自分なんか必要ない位に成長してたってんで、どうしていいかわからなかったんだろ。
……これからは、もうちっと甘えられるようになるさ」
そう言って彼女を見る目は、凄く優しい色を帯びていて……
「……あぁ、そうだな。
離れていれば変わる事もあるけれど、変わらない物だってあるよな」
パチパチと火が踊る中、四人と一匹の輪は、昨日よりもう少し、縮まったような気がした。
仕事の合間にちょこっと書いては、次見た時にまた書き直して……を続けていたらこんなに遅くなってしまいました(汗
またぼちぼちと更新していくので、どうか応援よろしくお願いします。
……誤字修正しなきゃ……。。。