閑話-青空の下
閑話その2です。前後編的な扱いで、次話に続ける予定です。
抜けるような青空
ふわふわと流れる白い雲をぼんやりと目で追いながら、私は周囲から聞こえてくる音に耳をすませる。
鳥の鳴く声。
子供達の笑い声。
広場にある大きな噴水で水が弾ける音や、街を行く人達の喧騒を聞きながら、ただぼんやりと広場にある長椅子に座り、雲を見つめる。
昔はずーっと家の中でこうしていた。
満足に外に出られるようになった後も、街を転々としたり、兄達を待つ間仕事をしていたから、こうやってゆっくりする暇もなかった。
それでも、以前だったら本に書いてあるものを想像するしかなかった頃からすると、毎日が新鮮で楽しかったけど。
何気ない日常が幸せである事を改めて実感しながら、私ははじめてできた友達を待つ。
ぼんやりと、空を見上げながら。
「えっと、お財布は持ったし、日よけの帽子もかぶったし、あとは、あとは……」
「そんなに身構えて行く必要なんて無いわよ。遊びに行くだけなんだから。
それより、相手を待たす方がいけないんじゃないかしら?」
そう言われてはじめて、時計の針が約束の時間を過ぎている事に気がついた。
「いけない!……うん、だいじょうぶ…!じゃぁ、いってきます!」
笑ながら送り出してくれている母と侍従達に笑顔で挨拶し、家の扉から外へ駆け出した。
普段お出かけする時よりも少し動きやすい格好をしているーーこの服は旅行に行った時以来だーーおかげで、つまづかずに走っていける。
待ち合わせの広場はそんなに遠くないけれど、やっぱり待たせるのはいけないよね。
広めの庭を出て、石畳の上を走りながら、私はいろいろな事を考える。
今日はどこに行こう。
二人で何をしよう。
帰るのは夕方と言ってあるから時間は十分。
相手はこの街をあまり知らないと言う。
なら、あまり外に出ていなくても、きっと私の方が詳しいはず。
『あの日』の予行演習にもなるし、考えておいて損はない。
つい損得で考えてしまう父親譲りの頭をくるくると回していると、待ち合わせの広場が見えてきた。
『どこだろう……あっ!』
見回すと、奥のベンチでぼんやりと空を眺めている彼女がいた。
少しだけつり上がった、キツいというより、凛々しいという方がしっくりくるその目が、ぼんやりと眺めていた雲の方から、ふと自分の方へと向けられた。
以前は病弱だったなんて考えられない、どちらかといえば活発な印象のある彼女の顔に、ゆっくりと笑みが広がっていく。
きっと、私も同じような顔をしているんだろうな。
そんな事を考えながら、私は、うまれてはじめてできた『友達』へと、手を振りながら声をかけた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女。
「気にしないで!それより早く行きましょ?時間が勿体無いわ!」
せっかく初めて一緒に遊ぶ事になったんだから、できるだけ一緒に、いろんな所へ行きたい。
いつまでここにいるかもわからないから、いっぱい、いっぱい思い出を作りたい。
そんな気持ちを込めて告げると、その思いが伝わったのか、彼女が笑みを浮かべながら顔を上げた。
「はい!じゃぁいきましょう。どこか行きたい所はある?」
花のように愛らしい笑みを浮かべ、嬉しそうにこの後の予定を話す彼女。
同性の私でも少しドキッとしてしまうような顔で笑う彼女と、これからの事を話し合う。
最初に目指すのは小物や服を扱うお店が集まっている所。
今日一日を全力で楽しむために、沢山の思い出を作るために、私達は歩き出した。
「あ、これおいしい!」
「ほんと、甘くておいしいね」
一通り服や小物を見て回り、一息つくために入ったお店に入った私達。
少しお腹が減っていたので、ちょうどいいからとそのまま昼食にしていた。
すると、どうやら父の知り合いだったらしい店主から「よかったら食べてね」と言って出されたデザートは、ふわふわに焼かれた生地に甘いクリームをたくさん載せた、とってもおいしいものだった。
甘い物が苦手な父がいる家ではあまり食べた事が無いそれは、とてもとても美味しくて、なかなか手が止まらない。
彼女も同じ見たいで、さっきから「おいしい」と連呼しながら次々に口へ運んでいる。
「でも、やっぱりルルカのお父さんは凄いんだね。お店でこんな美味しい物を出してもらえるなんてさ」
「そう……なのかな?」
正直な所、あまり父と一緒に出かける事がないからよくわからない。
母親と一緒に出かけた時は、いつも母が店の人と話しているので、そちらもわからない。
さらに自分一人で外に出たのは今日がはじめてだったから、正直に言うと全部が『初体験』なのだ。
それを言うと、ニーナは笑いながら「やっぱり凄いんだよ」と言ってくれた。
自分の事ではないけど、家族の事を褒められるとやっぱり嬉しい。
「ありがとう」
ちょっと照れながらそう言うと彼女は、
「ーーうーーん!かわいい!」
そう言って抱きしめてきた。
「えっ!?あの、ニーナ!?」
「かわいいなぁルルカは。顔も性格も家柄もいいなんて反則だよ~。
しかも体だって……」
そう言いながらじっと私の胸元へ視線を向けてくる。
……たしかに、ニーナの胸は……うん、あまり、その、大きいとは言えないけど……。
「私にもこれ位あったらなぁ」
そう言って自分の胸と見比べてため息をつく。
……あぁ……なんだろう……この罪悪感……。
「き……きっと、ニーナもすぐにおっきくなるよ!」
あれ、なんだか……視線がちょっと怖い。
「え、えっと、ニーナ達は、いつまでこの街に居るの?」
咄嗟に話を変えようと口から必死に言葉をひねり出す。
「……ん~、一応、カイトさんのいた所に行くつもりみたいなんだけど、詳しい所は知らないんだよね。……あんまり、長くはいないみたい」
すこし眉をしかめながら、そう呟くニーナ。
……あぁ、やっぱり、行っちゃうのか。
なんとなく理解してはいたけれど、こうやって直接聞いてしまうと、やっぱり辛くなってしまう。
行っちゃうんだな。
ニーナも……、
“カイトさんも……”
考えると余計に寂しくなって……。
「あれあれ……?“カイトさんも”?」
ハッとして口を抑えてしまう。
恐る恐るニーナの方を見ると、ニヤニヤしながらこっちをみている。
「もしかして、ルルカって、カイトさんの事……」
そこまで言われた私は、「わーーーー!わーーーーーー!」と叫んで声を遮った。
顔が熱い。
きっと真っ赤になっているんだろう。
恥ずかしい……。
恥ずかしくて体を縮めた私をみながら、ニーナはまだニヤニヤと笑いながらこちらをみている。
「そっかー。ルルカが、カイトさんをねぇ。
そりゃぁ、危なかった所を助けてもらったりしてたら、そりゃあねぇ」
ふーん……とか、へー……とかいいながらこちらを見てくる。
「べ、別に、助けられたからってだけじゃなくて、その、昔の話とかきいて、ですね」
「つまり、本気だと」
つい口から出た言葉に返され、さらに顔を赤くしてしまう。
あつい……あつい!
必死に茹で上がった顔を冷やせないかと水を飲み続ける。
「確かに、カイトさんは結構強いみたいだし、顔もそんなに悪くないとは思うけど……」
「結構じゃないです!すごく強いんです!」
反射的に出た言葉にまたも「あっ」と声を漏らしてしまう。
「これは……重傷だね」
苦笑いしながらそう言うニーナ。
「でも、なんでカイトさんを好きになったの?
やっぱり、危ない所を助けてもらったから?」
「違います!
いや、その、助けて貰えたのもあるんですけど、
馬車で、カイトさんの過去を聞いて、それで……」
いつも引っ込み思案で母や父の背中に隠れていた。
何かあれば家に務めている人や両親がなんとかしてくれた。
それを私は……当たり前だと、それが普通なんだと思って暮らしていた。
でも、彼はそうじゃない事を教えてくれた。
辛くても、苦しくても、助けてくれる人がいない生活。
想像しただけでゾッとする。
そんな生き方をしていて、それでも、あんなに優しく笑える。
私は、彼のそんな所が……。
「好きになっちゃったんだ?」
改めてその言葉を聞かされて、頭のてっぺんまで血がのぼっている。
きっと耳まで真っ赤になっているんだろう。
はずかしい……!
顔を上げる事が出来ずもじもじしているルルカを見て、ニーナは優しく微笑んだ。
「なるほどねー。……うん、私、応援するよ!ルルカとカイトさんが仲良くなれる様に」
「ほ、ほんとっ!?」
思わず椅子から立ち上がる。
以外と大きな音が、昼を過ぎて客足が減った静かな店内に響き渡った。
何事かと見てくる客に頭をペコペコと下げつつ椅子に座り直した私。
「ん、まぁ、できる事は多くないだろうけどさ、うん、応援してるよ」
「ありがとう……ニーナ……」
はじめてできた友達に、はじめての恋を応援してもらえる。
そんな幸せをかみしめながら、私はそっと、少しだけ冷めた紅茶に口をつけた。
だいぶ遅くなってしまいすいませぬ。
前後編でまとめているので、この次でこの話は終わりとなります。
その後もう1話だけ閑話を掲載して3章へ入っていこうかと思っています。