閑話-強さの秘訣は
更新遅くなりました。
事務仕事って体はそうでもないけど、
頭がパンパンになりますね。。。
ここから先の閑話は、2章最終話の少し前、カイトとリース達が再開して街に戻ってきてすぐの話しになります。
ーーガィンッ……カンッカカンッ!
両手で握った木剣を縦横に振るい、容赦相手へと叩きつける。
隙を見つければそこへ剣を突き立て剣を振るった。
しかし目の前の男は、小揺るぎもせずにそれを軽く弾いていく。
それなりの自信はあった。
手加減すれば数本に1本は取れると思っていた。
カカカカンッ
しかし、それはただの驕りだったと今ならわかる。
何故なら……。
カアンッ!
あいつの剣は、こうして空を舞う事がない。
空を舞う木剣を目で追いながら、トリスは悔しさで唇を歪めた。
「あ"ーーーくそくそっ!なんで勝てないんだよ!!」
その日何度目かの愚痴を言いながら、トリスは酒場で酒を飲んでいた。
「ほんっと、反則よね、あれは」
隣で同じ様に愚痴っているのは、あいつの妹にして俺の相棒。
そして、同じ様にここ数日負け続けな、訓練仲間だった。
「なんであんなに速く剣を振れるのよ!しかも、どれだけ強く打ち込んでも小揺るぎもしないし……まるで塀とか壁を叩いてる気分よ」
確かに私は非力だけどさ……とブツブツ言いながら自分の酒杯を傾けるリース。
三日前、ラスティカに帰り着いた翌日から、二人はカイトに手合わせをしてもらっていた。
しかし、一人づつとはいえ、三日間挑み続けても、自分もリースもどちらもカイトの手から剣を奪えていない。
カイトはただひたすら自分達に剣を打たせ、その隙をつき最小限度の攻撃で俺達の手から剣を奪い続けてきた。
どうしたら強くなれる?
と聞いても、「わからない」などと言うし、
「剣を教えてくれ」と言っても、「俺も同じ様にされてきたから、同じやり方でしかできない」と言われる。
ただひたすら剣を振っていれば強くなるなんて話は聞いた事がない。
それなのにあいつは、「俺はこれで強くなった」なんて事を言う。
「結局あいつは天才だって事なのか」
「……考えたくもないわ」
二人して同じ事を考えていたのか、ボソッと呟いた言葉に反応を返してきた相棒。
互いに目を合わせると、深々とため息をついた。
「結局、どれだけ頑張っても才能のある人間にはかなわないって事なのかしらねぇ」
飲み干した酒のジョッキをカウンターに叩きつけ、「おかわり」と叫ぶリース。
「ちょっと飲みすぎなんじゃないか?」
鼻息荒く即座に出されたお代わりに口を付けるリース。
それを見て流石に飲み過ぎだと思ったのか、店のマスターが呆れながら声をかけてきた。
「しょうがないじゃない!どんだけ頑張っても手にはいらない物が常に目の前にあるのよ。
しかもそれの持ち主は、それが特別な物だなんてこれっぽっちも思ってやしない。
それの価値を知らないまま、ずっと見せつけてくるのよ?たまったものじゃないわ」
確かに慕っている兄ではあるが、それと同時に一剣士である自分には嘘がつけない。
ーー私は、兄に嫉妬している。
決してての届かない場所にいる兄に。
確かに、絶対に届かない訳ではないだろう。
後数年、十数年もすれば、ては届くかもしれない。
だがきっと、兄はその時もっともっと先にいる。
当たり前のようにそこに居続けるだろう。
それを考えると、胸の中に激しく渦巻く物がある。
妹だから、兄だから。
近しい仲だからこそ、余計にその姿が目に入り、否応なく意識させられる。
それが、たまらなく辛かった。
「うう……ん……」
あのまま飲み続け、ついに潰れてしまったリースを背負い、トリスは宿へ帰っていた。
延々酒を飲み続け、そのまま愚痴を吐き出しながら、結局潰れてしまった相方。
トリスにも、その気持ちは痛いほどわかる。
実際、同じ様にやられ続ける自分は、そう力が劣っている訳でもない自分にとっては、余計に技量の差が目立って出てしまう。
同じ年の幼馴染であるなら尚更、その格差が歯痒い。
そして、彼女をこれだけ意識させている事についても。
兄だからなんて事は関係なかった。
彼女の視線には、恐れと親愛の影に、確かに憧れの光が見える。
今までずっと側で支え続けた自分より、ふらっと帰ってきた男に、俺は負けている。
力だけでなく、それ以外の部分でも。
宿に帰り、部屋へリースを寝かせたトリスは、自分の部屋で一人、悔しさと嫉妬に胸を焦がしていた。
翌朝、二日酔いで「頭痛いからやめとく」と言ったリースを置いて、トリスは一人カイトと向き合っていた。
ちなみに、カイトに言われている毎日の素振りはすでに終わらせている。
回数は言われていないので、毎朝300回が今のところ日課だ。
素振りはずっとしていなかったから、今の所はその後の事も考えると300が限界だ。
ーー今日は1本取る!
心の中で自分を叱咤し、カイトへ向けて走り出した。
普段の両手を下ろし、だらんと剣をぶら下げた自然体で迎え撃つカイト。
初日はこの気合のかけらも見えない構えに呆気に取られ、次いで怒りに震えた。
俺には構えを取る必要が無いと、そう言われている気がして。
結局その日は散々にやられ落ち込んでいた所で、これが自分の構えなんだと聞かされたが。
目だけを鋭く光らせるカイトに、まずは先制の一手……と、剣を横薙ぎに振るう。
カンッっと木剣独特の乾いた音が響き、俺の木剣の軌道に現れたカイトの剣が、意図も簡単に弾かれる。
しかし俺は、弾かれた勢いを使い上段へ振りかぶると、そのまま剣を袈裟懸けに振り下ろした。
しかしカイトはそれも予測していたように、スっと手元の剣を移動させると、今度は弾かずに俺の剣を受け止める。
そのままグググッと剣を押し込んでいこうと力を込めるも、カイトはそれを容易く押し返し、二人の剣は微動だにしない。
瞬間、いきなり力を抜いたカイトが俺の剣を滑らせ、体制が崩れる。
ーーヤバいッ!
そう思った時には既に剣が勝手に動き、流れた体の背後から打ち込まれた剣を辛うじて弾き返した。
身体中に冷や汗をかきながら必死に体制を立て直し、振り返る。
“偶然”弾き返せたからよかったけど、そうじゃなければ今ので勝負は決まっていた。
そこまで考えた所で、目の前のカイトが笑っているのに気がついた。
「……なんだよ」
そんなに必死になってる俺がおかしいか。
そんな気持ちを込めて発した俺の問いに、カイトは更に笑みを深くすると、いきなり切りかかってきた。
今までになかった事態に焦った俺は、嵐のように繰り出されるカイトの剣に翻弄され、1分もせずに手元から剣を飛ばされていた。
その猛攻で息を切らした俺は、堪らず地へ膝をついた。
「ちょっとは上達したじゃないか」
頭上からかけられた声に顔をあげると、カイトが手を差し出しながらこちらを見ていた。
「昨日までとなんにも変わってないだろ」
疑問を感じながら差し出された手を掴み立ち上がる。
「いや、ちゃんと俺の剣が見えてた」
「どういう意味だ?」
「トリス、さっき俺に体制崩された時、咄嗟に剣を出して俺の追撃を防いだろ?」
あぁ、あれか……だけどあれは……。
「偶然だとでも思ってるのか?」
「……違うのか?」
俺はあの時剣がくる所を見ていない。
たまたま出した所にたまたま剣が降られただけだ。
「たまたまだったらあんな風には弾けない。
あれはな、お前が俺の剣の軌道をよんで防いだんだよ。
自分の意思じゃなくて、体が勝手に動いたんだとしても」
曰く、今までの俺の戦いは、目に頼りすぎていたらしい。
もちろん見るのは大切だが、相手の出方、剣の振り方、軌道、クセなんかをよんで、目に見えない物を見て行動する事が必要なのだそうだ。
好みの距離、好みの攻撃。
他にも色々な要素がその人間の攻撃方法を決める事になる。
「事実、それを無意識にでも理解したからこそ、背後からの攻撃を防げたし、その後の俺の攻撃もあれだけ防げたんじゃないか」
……確かに、今までよりは長く耐えれたような気もする。
「きちんと相手の出方を予測出来れば、後手に回っても焦らずに済むし、状況を変えて攻めに回れるようにもなる。
でも、それにはまず、予測している事を意識できなければいけない。
そしてそれには、無意識で予測させる必要がある」
もちろん、最初からそれを考えて行動できる人間もいるけれど。
そう付け加えたカイトは、俺に笑いかけた。
「今まで俺は、いくつか必ず同じ様に行動するようにしてた。
最初は必ず弾いて、最後は体制を崩し、背後から一撃を加えるか、上段からの斬り下ろしを弾いて剣を飛ばしていた
それを体が覚えていたから、防げたんだ」
つまり、こいつとは決め手を変えずに勝てるだけの差があるって事か……。
改めてその差を実感すると共に、それに気がつけていなかった自分に呆れてしまう。
三日間、毎回同じではないにしろ、リースと二人で100近く手合わせをしていた。
同じ方法で勝負を決められていたのに気が付かなかった。
それは、カイトが強いんじゃない。
それだけ俺たちが弱かったんだ。
その事実に気がついた時、俺は茫然となってしまった。
『あいつは天才だから』なんて理由で自分の弱さを棚に上げ、どうすれば勝てるかを考えていなかった。
それじゃ成長できなくてもおかしくない。
成長する事を諦めているようなものだ。
「一度意識できるようになれば、後はそれをどうやって使いこなせるようになるかだけだ。
予測自体はそんなに難しい事じゃない。
戦闘中にそれを感じて考えて、組み込むのは難しいけどね。
予測はウォルトさんもしているよ」
あぁ、なるほど。
だから、あんなにうまく盾で防げていたんだ。
今まで疑問に思っていた事の一つも解消され、頭の中がスッキリしてくる。
以前にどうすれば盾をうまく使えるのか聞いた時に、「相手をよく見るのさ」と言われていた。
あれは、ただ見るんじゃなくて、今のその先を見ろって事だったのか。
「意識しすぎて動いても、逆に相手に誘導されて、逆に不利になる時もある。
そこのさじ加減なんかは、慣れていかないと難しいけどね」
きっと今は、以前よりだいぶ楽に戦えるようになっていると思うよ。
そんな事を言うカイト。
「だけど、それを最初に言ってくれればよかったのに」
そうすればここまで悩まずにいられたかもしれないとつい愚痴が出てしまった。
「トリスは、一生俺に勝てなくてもいいの?
俺の弟子になりたかった?
……俺は、トリスとリースに、仲間になって欲しかった。
同じ様に隣に立って戦ってくれる仲間に」
カイトはそう言って、寂しそうに笑った。
あぁ、俺は、甘えてたんだな。
カイトが友達だったから。
自分の持っていない物を持っていたから。
だから、無条件に俺に知識や経験を与えてくれると思っていた。
でも、それでは一生与えてもらうまま、それ以外の事は知る事ができない。
カイトは、そうなって欲しくなかった。
自分の甘さや弱さをこれでもかと自覚させられ、いたたまれなくなってくる。
「すまん。
これからも頑張るから、俺が、リースが、お前の横に立てる様に、これからも一緒にいてくれるか?」
懇願の様になってしまった言葉を聞いたカイトは、静かに微笑みながら、首を縦に振ってくれた。
翌日から、またリースも加えて訓練を続けた。
相変わらずへこんでいるリースをなんとか支えながら、ひたすらカイトと剣を交わす。
あの日からカイトは、俺には少しづつ色々な技術も仕込んでくれた。
最初リースはそれを見て、「なんで私には教えてくれないの」と怒っていたが、その後俺と同じように無意識の予測で対処できた時から同じ様に教わるようになっていた。
その時に、俺がリースより先にそれができていた事を知ると、教えてくれたらよかったのに……と、非難めいた視線を向けられたが。
その後、力や好みで自分の戦闘方法を変える事に決めた俺とリースは、あの迷宮で手に入れた金で装備を整えた。
力があって、正面から戦う方が好きな俺は、ブレストプレートを中心にした体の各所を覆う錬鉄の防具で固めーーフルプレートは重すぎて使えそうになかったーー両手持ちのロングブレードを買った。
今まで使っていたロングソードより重量があり、威力が高い分取り回しが難しいらしい。
リースの方は、兄と同じようなハードレザーの鎧に、細身の剣……エストックと呼ばれる刺突を中心とした攻撃を得意とする物に持ち替えた。
普通の物より若干短めの物を片手で持ち、反対の腕にはバックラーと呼ばれる鋼鉄の篭手を装備し、それで攻撃をそらしながら手数で勝負する方をとったようだ。
それぞれに己の戦い方を決めたトリスとリースは、カイトに手ほどきを受けながら、更に自分の技術を磨いていく事になる。
いずれ二人はそれぞれの分野で名を馳せる事になるが、それはまた別の話。
今回はトリスメインの閑話となりました。
以後もちょくちょく話の中に特訓のシーンを挟もうかと思います。