遅れて来た平穏
リアルの仕事が忙しくなってきました。
出来るだけ1日1話更新を続けて行きたいと思ってはいますが、少しの間不定期になる事があるかもしれません。
「お帰りなさい!」
勢い良く扉を開けて入って来たのは、トルネの娘、ルルカだった。
満面の笑みを浮かべたルルカに「よくここにいるのがわかったな」と、トルネが問いかけると、「出迎えた侍従が教えてくれました」との答え。
……相変わらず……。
ここに到着してすぐから思っていたが、この家で働くほぼ全ての人達が、ルルカの事を溺愛しているーー過言ではないーーと言ってもいい程可愛がっていて、更にそのルルカが旅先で気に入った男性という事もあり、色々とルルカの得になるように便宜をはかっているようだ。
……到着した当日は、ルルカの態度に驚き大いに警戒されたが。
恐らく今回も、“ルルカを喜ばせようと”俺が帰って来たのを教えたのだろう。
「迷宮はどうでしたか? 妹さん達には会えました? 怪我などはしませんでしたか? 」
と矢継ぎ早に質問してくるルルカに苦笑いを返しながら、「夕食の時にでも」と答えると、「ならぜひ夕食は妹さん達もご一緒に!」などと言い始めた。
停めなくていいのか?
とトルネの方を見ると、「それはいい!」と表情で語る人物がそこに……。
あぁ、いいんですね……。
諦めた俺は、バスルームを使わせて貰い汚れを落とすと、妹達を呼びに行く為に、彼らが泊まっている<飛龍の鋭角>(ひりゅうのつの)へと向かった。
宿に着くと、丁度金を引き出し終えたウォルトとリサも居た。
どうやら引き出した金を分ける為にここへ来ていたようだ。
別な宿をとっていた二人が一緒にいたのは好都合と、4人にトルネが夕食に招きたいと言っている旨を告げる。
折角だからと頷いたリースとトリス。
だが、ウォルトとリサは苦笑いをすると、俺達はやめておく……と言われた。
理由を聞くと、「緊張するだろうから」という、納得できる答えが帰ってきた。
それじゃ私達も……と言い始めた妹達に、「私達に遠慮はいらないからいっておいで。祝勝会は改めてやろう」と告げると、二人は去っていった。
結局よばれる事になった妹とトリス、そしてニーナを連れて、カイトはトリス邸へと戻る事になる。
入る時に三人がウォルト達と同じ反応をしていたのは……おいておこう。
同じ食卓へとついたトリス一家とリース一行。そしてカイトは、ご馳走を食べながら迷宮の事等を話していた。
因みにクルトは足下で肉の塊を頬張っている。
「あぁ、じゃあやっぱりあの扉は気がついたけれど開け方がわからなかったんだ」
「ええ、取っ手みたいな窪に手を掛けて色々試してみたんだけどどれもダメで……」
「仕方なく俺達はそのまままっすぐに進んだんだ。まさかその先に別な通路があるなんて思ってもみなかったな」
ただの隠し部屋だと思っていた。と言いながら料理にがっつくトリス。
最初は緊張で固まっていたリース達だったが、普通に話しかけてきてくれたトルネ達のおかげで今は緊張もとれて普段通りの姿を見せている。
あまりがっついてると嫌な目で見られないか等とも考えていたようだが、ある意味旅慣れたトルネにはその方が好感がもてるらしい。
ニーナは既にルルカと仲良くなっており、二人で色々と喋り続けている。
寝たきりだったニーナと、あまり家から出ていなかったルルカには、何か通じるものがあるのだろうか。
「俺も、その扉は一人じゃあけれなかったと思う。
クルトが足元にあった仕掛けに気がついてくれてなかったら、そのままだったんじゃないかな?」
そう言って足元のクルトを見ると、褒められているのが聞こえたのか尻尾をぱたぱたさせている。
「へぇ……賢いんだな」
「ほんと、見た目は子犬なのにね」
くすりと笑うリース。
これでも、出会った頃に比べたらだいぶ大きくなってきているんだけれど……。
成長しきった所を見たらどうなるかな……なんて事を考えながら、褒められてるぞと伝えてやると、少し強めに尻尾をふっていた。
「トリス達の方はどんな感じだったんだ?」
「あぁ、相変わらず罠続きで、必死によけながら出てくる魔物を倒し続けてたな。
同じような部屋がいくつかあって、ゴーレムが守っていた所もあった」
ゴーレム……あの部屋を守っていた石像と同じ物だろうか?
「それって、2リルム位ありそうだったあれかな? 」
「いや……そんなデカくない。精々1リルムだ。
……そんなのと戦ったのか」
軽く呆れながら見てくるトリス達に乾いた笑いを返しながら、やはりあそこは特別だったのかと再確認。
「ところで、カイト君はいつ戻るんだい?」
トルネに水を向けられたカイトは、その事を話さねばと思い出した。
「あまり詰めては考えてはいませんが、少し落ち着いたら出ようかと思っています」
戻る? と首を傾げるリース達に、まだ伝えてないのか? と少々呆れ顔のトルネ。
「今まで居た屋敷に戻ろうかと思ってるんだ。
色々とお世話になっているし、報告もしたい」
それって、兄さんが奴隷だった時に使われていた所よね……と、顔を曇らすリース。
「そんな悪い人じゃないよ。
むしろ、奴隷にもきちんと気を使ってくれるいい方だよ」
奴隷は俺だけだったしね、と言うカイトを信じたのか、少し表情を和らげる。
まだ全ては納得していないようだが。
「で、もし3人がよければ……なんだけど、一緒に来ないか?
アベル様……と言うんだが、その人も、俺の家族だったら正式に雇って構わないと言っていた。
国境を越える事になるだろうけれど、給金も月に1エルムいただけるそうだ」
月1エルムと言えば、下級兵士よりもいい待遇だ。
本気で悩むリース達に、よこからトルネが口を挟んできた。
「その事なんだがね、カイト君。
もしよければ、うちのルルカも連れていってやってはくれないだろうか? 」
アベル様には何度かあった事もあるし、娘にも色々と世間を見せてやって欲しいと言うトルネ。
緊張しつつこちらを見るルルカの様子から察するに、どうも彼女から言い出した事かもしれない……と見当をつけると、「トルネさんはそれでいいんですか? 」と聞いた。
「まぁ、できれば家に居て欲しいが……本人が言い出した事でもあるし、アベル様の為人は知っているしな。
カイト君もいるから大丈夫だろうと」
眉根を寄せた態度から察するに、恐らく家のほぼ全ての人間から説得されたのだろう。
……ニコニコ笑っているアリシャさんが怖い。
「……わかりました。トルネさんの方からもお手紙を書いていただけると……」
「うん、後で渡す」
……既に確定事項だったようだ。
その後、「私もいくわ。兄さんが居た所見てみたい」と言ったリースに賛同する形でトリスとニーナも頷き、その日は楽しく過ごした。
その後、装備などを整備した後、カイト達はウォルトやトルネ達に別れを告げ、ラスティカの街を出る事になった。
新たに手に入れた馬車に荷物を積み込み、泣きながら別れを惜しむトルネ一家『使用人含む』と別れると、カイト達は街道を東へひた走る事となる。
だが、カイトやリース、トリスがこの街を再び訪れる機会がそう遠くない事は、誰も知るよしもなかった。
これにて2章は終了となります。
この後、カイト達はのんびりとした旅を続け、その後大きな歴史の渦に巻き込まれることになります。
恐らくこれが最後の平和な日常になる可能性がありますので、どうぞごゆっくりお楽しみください。
多少の笑いを交えつつ、ガイランド家へ戻るカイト達。
その行く末は……。
第三章を、どうぞお楽しみに。