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父として、人として

父親は、娘に決して叶わぬ恋をすると言われています。


それだけ大事なんだって話なんですね。

パチパチと香ばしい匂いを放ちながら焼ける肉を前に、私はそっと斜め前に座る若者の横顔を見た。


赤く照らされた顔に、楽しそうな笑みを浮かべ、その隣に座る娘と話をしている。


その隣にいる娘は、目の前で燃え盛る火のせいだけ……とは思えない、赤く染めた顔で、嬉しそうに青年の隣に座っていた。



……わかっている事とはいえ、どうしても……どうしても、笑顔だけでその姿を見続ける事ができない。


我ながら情けない……と思いつつ、それ以上見ていられずに視線をそらす。


その視線をそらした先に座る妻……アリシャは、しょうがない人。とでも言いたげな視線を私に向けると、娘の方へと視線を向けた。



とても優しげに娘を見つめるアリシャの姿はとても美しく、思わず見惚れてしまう。



「トルネさん、焼けましたよ」



差し出された肉と共にかけられた声で我に帰り、「ありがとう」といいつつその肉を受け取る。


パリパリに焼けた皮と、熱い肉汁が垂れるその肉を頬張ると、思わず唸り声が出てしまうほど美味かった。



次々にその青年の手から渡される肉を受け取っていく妻と娘。


同じ様に頬張り、目を見開くと、口々に美味しい!と声を上げた。


「料理も上手なんですね!」


……声をかける娘の瞳がキラキラと輝いている様に見える。


……おのれ……!っと、いかんいかん。


私は彼と娘の事は見守ると決めただろうに……未練がましい。


「いや、これは俺の料理の腕ではなくて、素材の味がいいからですよ」

「でも、そのお肉をとってきたのもカイトさんじゃないですか!」


そう、今食べているこの肉をとってきたのも、焼いたのもカイトだった。


今いる、付近に村がなく、旅をする上で空白地帯となっている場所で野営をする事を教えると、彼が弓を手に付近の森へと入り狩ってきたのだ。


今いるこの辺りは、昔から村ができず、ここを通る場合は必ず野営をして一夜を過ごさねばならない場所だった。


珍しくはあるが、どうしても村を作るのが不向きな場所だったり、領主仲や領地の境目だったりと、色々な事情から同じ様になっている場所は王国内に他に3つほどあった。


なかなか狩りと言っても、そう簡単に獲物をとってこられるわけでも無い。


野営の準備をしながら、一応保存食を出していたら、一刻もせず森の中から、丸々と太ったボアを仕留めてきたのには驚いた。


やはり、彼とこの狼の力は並ではないらしい。





その後渡された肉を食べ終え、腹を満たした私は、最初の不寝番をする為に、一人焚き火の前にいた。



野宿をする以上、どうしても獣などに襲われた時の為に、こうして不寝番をする必要があった。


私が日付が越えるぐらい迄、その後がカイト君という順番だ。





あのルルカが恋か……。



あり得ない事ではないが、それでも、実際にその日を迎えた今となっては、驚いているというより、戸惑っているという方が近い。


人見知りが激しい娘、もう少し人前に出られりようになればと思い、連れてきた旅で、まさか人見知り云々どころではなく、思い人ができてしまう事になるとは……。


まぁ、今迄あまり人前に出ず、同じ年頃の子達と遊ぶ機会も少なかったのだからしょうがないといえばしょうがないのだろうが。


どうしてもそれなりの規模の商会の主、その一人娘という事で、あまり外で遊ぶ事が無かった娘には、出会う機会などそうない。


それでも、商会仲間とのパーティー等には参加する事があったが、人見知りな娘は、大抵の場合母親と一緒に隅の方にいる事が多かった。


アリシャとしては、その事に心配も覚えていたのだろう。

顔も悪くない娘が、それなりに親しい異性がいた事がないのは。



だが、いつか、いつかはと思っていた事が、いざ現実になると……ううん……。





その後トルネは、堂々に巡る思考の中、ひたすら交代の時間迄過ごしたという。





*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+






最近では日課になっている、カイトさんの朝の素振りを見ながら、私はほっとため息をついた。



止まる事を知らず、只々一心不乱に、一定の間隔で振り下ろされる白銀の剣。


太陽の光を受けて煌めくそれは、振り下ろされる剣線に沿って、縦に、横にと空中に綺麗な半月を描き出す。


汗を滴らせながら、只々それを繰り返す彼の姿は、本当に綺麗だった。



あの日馬車の中で、いつ襲いかかってくるかもわからないモンスターに身体を震わせていた私は、もう大丈夫。と言う母の言葉に従い、馬車を降りた。


何時の間にか砦の側に着き、馬車庫へと置かれた馬車を後にして砦に入ると、中にいた人達皆が、私たちが生き残ったのを我が事の様に喜んでくれていた。


そして、窓から顔を出し、見ていた事を一部始終話してくれたのだ。



橋を必死に走っていた人達。



その後ろに迫る、騎士達を振り切ったモンスター。



そこへ一人飛び出した青年の話。



まるでおとぎ話の様に聞こえるそれが、今まさに自分の身に起こった出来事だとはなかなか理解できなかった。


それまでずっと安全な家の中で育った私が、初めて街の外の、違う国へと赴いた旅。


初めて見たお城や、色々なお店。


そんな物をずっと見てきた帰りに、唐突に襲いかかってきたモンスター達。



いきなり降りかかった死への恐怖に身を竦めていた自分達を救ってくれた青年。



モンスターを討伐し終え入って来た青年の姿は、とても、とてもかっこよかった。






翌朝起きると、身支度を終え、荷物を馬車へと運んだ。


今迄使用人に任せていた事も自分でする様になって、その大変さがよくわかった。


それでも、今ではだいぶ慣れたけれど。


そして荷物を運び終え自分達。



そこに彼が現れた。



お父さんの話を聞いていると、どうやら彼の行く場所が私達の住んでいる街だったらしい。


お父さんは彼を護衛として雇い、馬車に載せて行くという事だった。



私はとても驚いた。


彼が一緒に行く。


それを嬉しいと思っている自分に。





馬車に揺られている間、ずっと私の心臓はドキドキと高鳴っていた。


かすかに聞こえてくる彼の声。


それをもっとはっきりと聞いてみたい。


はぁ……とため息をつくと、目の前に座っていた母が、くすりと笑った気がした。



顔を上げると、母が紙袋を差し出し、「お父さんとカイトさんのお昼ご飯。持って行ってあげて?」


それを聞いた私は、だいていた彼の子犬……とっても毛並みがよく、気持ちいいのだ……を連れ、御者台の方に移動した。



かかっていた幌の隙間を広げようと手を延ばしたところで、その隙間からお父さんとカイトさんの話し声が聞こえて来た。


「……つは、自分には妹がいて……」


盗み聞くつもりはなかった。


声をかける時期を見失って、いつ幌を開こうか迷ってしまったのだ。


だが、そうしている間に、話はどんどん進んで行った。


どうして旅をしているのか。


……そして、自分が何者だったのか。



私は、最初彼が奴隷だった事を聞いて、酷く驚いた。


あの、いつも泥だらけで汗臭い奴隷達。あの中の一人だったのかと。


だが、何故奴隷になったのか、それからどう生きてきたのか、今何をして、どうしていきたいのか。


それを聞いているうちに、自然と頬を涙が伝っていた。



きっと、もの凄く大変だったんだろう。



すごく辛い思いをしてきたんだろう。



自分がとても想像できない位に。



でも、幌の隙間から見えた彼の横顔は、笑っていた。


悲しげに、苦しげに、でもどこか、誇らしげに。


そんな彼の事を、私はもっとよく知りたいと、そう思った。






今日の朝の分の素振りを終え、食堂に戻り朝食を食べ、支度をした私達は馬車に乗り、村を出た。



順調に行けば、今日の昼過ぎにはラスティカの街に着くはずだ。


出る時は、あれほど恋しかった自分の街。



だけど今は、まだ、もう少し、彼と一緒に旅をしていたい。



もう少しだけ。

毎回思うんですが、やはり自分が男のせいか、女の子視点の話を書くのはちょっとだけ苦手な気がします。


どうしても、空想に頼らざるを得ない物がありますから。



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