対峙する時
戦闘シーンが入ります。
グロ系嫌いな方は飛ばして下さい。
どうやら警備兵が迎え撃つ決心をしたのは、その橋の上にいる人達をモンスターから守るためのようだ。
アースリザードは走る速度は速いが、空を飛べず砦の中にはいる事ができない為、本来は砦の上から弓などで撃って倒すのだと言う。
近くの兵士に尋ねるとそう答えられた。
まるでよくある事のように言う。それだけ相手をし慣れているという事か。
だが、今回は守るべき人が外にいる為に、外で対峙せねばならない。
微かに緊張が伝わる砦だったが、その心配を余所に、アースリザードに近付いた兵士達は、見事な連携でモンスターを取り囲み、次々と討ち取っていった。
同じように見ていた人々が歓声を上げる中、その中の一人が悲鳴をあげて指差した。
その先……川の上流、今兵士達が戦っている反対岸、つまり此方側の岸にもアースリザードが現れ、橋を目指してひた走っていたのだ。
更に、今戦っている方の中から1体、包囲を抜けると、そのまま橋に駆け寄り始める。
虚を突かれた兵士達は、囲んでいるモンスターで手一杯で動けないようだ。
徐々に距離が詰まるモンスターと橋。
これから起こるであろう光景を想像したカイトは、いても経ってもいられずに、砦から飛び出した。
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「ほら、もう少しだ!頑張れ!」
御者台に乗って、馬車を引く馬に声をかけながら、必死に反対側の砦を目指す。
あの時、周りから聞こえたどよめきに驚き、その後で躊躇さえしなければ、こんな事には……!
それは、丁度橋の中間あたりにいた時だった。
それ程大きくない橋で、いつも渡り慣れていた場所。
周りを囲む人波にうっとおしさを感じながらも、ここさえ越えてしまえばもう後は街道を行くだけ……と自分を励まし、家族が乗る馬車をゆっくりと、反対岸の砦へと進ませていた。
そんな矢先、橋を渡っていた男の一人が、今までいた岸を指差し何事か叫んだ。
なんとなくその先を見た私は、その光景に驚き、恐怖した。
恐ろしいモンスターの集団が、こちらに向け一心不乱に駆けてきていたのだ。
砦には警備兵もいて、たまに現れるこのモンスターの対処にも慣れている。
そう知ってはいても、砦の外にいる私達にとっては大した意味もない。
馬車に乗っている家族がモンスターに襲われる……その事を考えると、気が狂いそうになった。
周囲の人間も同じなのか、その姿を見るなり悲鳴を上げ、次々に走り出した。
しかし、その向かう方向がバラバラだったのが、災いした。
走り出す人波は、自分のいる馬車を囲み、向かいの砦と背後の向かう人とでごった返した。
それでも、そんなに沢山の人がいたわけではなかったから、直ぐに人波は薄まり、馬車を進める余裕もできた。
簡単に進む方向を変えられない馬車は、背後に向かう為には捨てなければいけない。
しかし、それを躊躇した私は、家族を乗せたまま正面の砦に向かう事を決めたのだ。
他に数人いた周りの人間を一緒に乗せ、正面の砦へと走らせる。
だが、人が増えたせいか思う程の速度が出ない。
苛立つ私は、顔を上げ、気がついた。
向かいの岸の上流にも、モンスターの姿がある事に。
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おそらく、橋の中程にいた人達も、その姿を見つけたのだろう。こちらに走っていた足を止め、踵を返そうとしていた。
「そのまま進め!思い切り走るんだ!!」
おそらく背後のリザードの姿は見えていない。こちらのリザード達よりも近い場所にいる、そちらのほうが厄介だった。
砦から飛び出したカイトは、背負っていた弓を持ち、矢筒から矢を何本か引き出した。
まだ射程には届いていない。
橋にいた集団にむけて走りながら、丁度橋に辿り着いた反対岸のリザードを睨む。
やはりこちらのほうが速い!
カイトの指示に従い、走り出した人達。先頭にいる馬車の陰に入らない様に位置を調整したカイトは、限界まで弓を引き絞り、リザードが射程にはいると同時、撃ち出した。
まっすぐに打ち出された矢は、吸い込まれるように正面のリザードへ。
しかしリザードは、その矢を横に一歩踏み出す事で避け、尚も走り近付いてきた。
しかし、もとより一矢で仕留めるつもりは無い。
カイトはそのまま、二の矢三の矢を放ち、リザードを牽制する。
と、背後の砦から兵士が現れ、向かってきていた上流からの一団と相対した。
――今だ!
全速力で駆け抜ける人と馬車に当たらぬ様にと撃っていた矢を、確実に仕留める為の撃ち方へ変える。
「クルト!」
カイトが叫ぶと同時、背後に控えていた黒狼が、人波をよけリザードへ飛びかかった!
間近に迫った人間へ爪をたてようとしていたリザードは、いきなり現れた黒狼に驚き、咄嗟に身を躱そうと体をひねる。
カイトは体制が崩れたそのすきを逃さず、8割程に引き絞られた弓から、十分な威力を持った矢が飛び出し、狙い違わずリザードの眉間へと突き刺さった。
息を止めたリザードから目を離し、上流の一団へと目を向ける。
どうやら此方の様子が気になるらしく、あくまで時間稼ぎの様に戦っている。
漏れ出て来るかもしれない。
そう判断したカイトは、橋の上の人達に「早く砦へ!」と声を掛けるなり、兵士達の方へ駆け出した。
同じく駆け出したクルトが追い抜き、今まさに兵士の一人に牙を突き立てようとしていたリザードに飛びかかった!
その首筋へ牙をつきたて、体ごとねじる様に回転する。
突然噛み付かれたリザードは叫び声を上げ、同時に襲いかかった激痛に身をよじらせた。
鋭く尖った牙を突き立てられ、さらにねじる様に動きを加えた結果、噛み付かれた部分をえぐる様に切り取られ、その痛みに耐えかねるように地へとその身を投げ出したリザード。
近寄るなり腰の剣を抜き、躊躇せずその頭蓋へと突き刺す。
驚いている兵士を尻目に、カイトとクルトは次の獲物へと向けて飛び出した。
その後カイトの加勢もあり持ち直した警備兵達は、巧みな連携で徐々にリザードの数を削り、ついに群れを殲滅することができた。
辺りには、首が飛んだり、頭が割られたり、心臓を貫かれたりしている死体が散らばっている。
「いや……助かったよ。君がいてくれなかったらどうなっていた事か」
礼を言ってくる兵士に「いや、できる事をしただけで」と返したカイトは、剣からモンスターの体液を拭い取り、その刃を見つめた。
この剣を使って初めてまともな戦闘をしたけれど、凄い切れ味だった……。
鉄の鎧に匹敵すると言われるアースリザードの鱗をいとも容易く斬り裂いたこの剣。
これが無ければこうも簡単にはいかなかっただろうな……。
この剣を持たせてくれたガゼットに、心の中で礼を言いつつ、カイトは砦へと引き返した。
たまに来るモンスターの襲撃。
そのおかげで、練度と士気の低下が防がれているんですね。
国境警備兵が強い理由は、常に最前線にある事だからでしょうか。