国境の砦を護るモノ
更に二日程歩いたカイトは、国境にある砦へと辿り着いた。
この砦の先にある川を越えたら、隣国ディスカタル王国だ。
首都が山と山の谷間に位置し、堅牢な守備を誇るこの王国は、ローゼスハイト皇国と長い間和平を結び、商人達の行き来も活発だった。
お陰でこの砦も、戦闘に使われたのは随分昔で、今は通行を取り締まるだけの物になっているようだが……。
しかし、今こうしてギルド票を出し、出国手続きを行っているカイトから見ても、砦の衛兵は一切気分に緩みが無いようだった。
本来戦いがなければ、すぐに緩んでしまうのが人の心だというのに、よく鍛えられているんだなーーと考えていると、窓の外を一頭の獣が飛び去って行った。
まるで、大きな蜥蜴に翼を生やしたようなその生き物は、その背に人を乗せ、まるでその大空を我が住処……と言わんばかりに堂々と、大きな翼を羽ばたき東の皇都の方へと飛び去って行った。
もしかしてあれはーー。
「多分、想像している物とは違いますよ」
かけられた声に驚き、その内容にまた驚いた。
「でも、あの姿はどう見てもーー」
「あれは、飛竜と呼ばれる存在ではなく、フライリザード……と呼ばれる物です。
それなりの知性はありますが、“竜種”と呼べる程の力はありません」
優しく微笑むその男ーー国境警備軍のウォルコットは、「よく間違えられるんですよねぇ」と、ぽりぽりと頭をかき、苦笑いした。
「他国にも竜騎士団と呼ばれ、実際の呼称も語呂がいいからかそのまま使われていますが、本来は“近衛空士団”と呼ばれるものなんですよ。
毎年同じような勘違いをして、竜騎士になれると意気込んでやってくる若者も後を絶たず、名前を変えたらどうかと何度も言ってるんですがねぇ」
「そう……なんですか」
だが、それでもあの姿は衝撃的だろう。
いくらフライリザードです。と言われても、見た目はそのまま竜としか言えないのだから。
「力だって全然違うんですよ?
本物の竜種は言葉も使えるようですし、伝承の通りに口から火を吹く事も出来るとか。
体だってあの何倍も大きい……。
しかし、実際に見た事がなければ、間違うのも無理は無い事なのかもしれませんが」
そう言って、窓の外、かのフライリザードが飛び去った方を見ながらそう呟いた彼。
その言葉から、どうしても気になったカイトは聞いてみた。
実際にみた事があるんですか……と。
それを聞いたウォルコットは苦笑しながら、「そんな機会があれば、きっと今頃はそのお腹の中ですよ」と言っていたが。
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手続きを終え、出国審査証を渡されたカイトは砦を出て、反対にある砦へと向かった。
如何に友好国と言えど、有事の際にはここから戦争が始まる事もある。そのため、相対する砦が存在し、そこが同時に入国審査をする場所にもなっていた。
川にかかる橋を渡り、反対側の砦へとやってきたカイトは、先ほどと同じくギルド票と、貰った出国審査証を渡し、審査を待っていた。
と言っても、出国審査が済めば入国審査をする必要もそれ程ない為、大して時間はかからない……
ピィーーーーーーーーーッ!!
突然甲高い音が響き渡り、俄かに砦の内部が騒がしくなった。
と、先ほどギルド票等を渡した兵士が部屋へ入って来て、「暫くは砦を出ないように」と告げる。
「何かあったんですか?」
「川上からモンスターと思しき一団が来ているそうだ。
そこまで多いわけではないが、足が速く、すぐにこちらに着くかもしれない。
何かあったらいけないから、砦からは出ないでくれ」
取り合えず入国審査は終わりだよ……と、入国許可証を手渡され、そのまま部屋から出る。
外の様子が知りたいな。
砦内にあふれる人の合間を縫って、入口側の窓から川の方を見る。
遠くに何か黒い影が見え隠れしている。あれがモンスターだろうか?
もっとよく見えるように……と体を伸ばす。目を凝らした先に見えたモノは、アースリザードと呼ばれる、地を走る蜥蜴だった。
先程空を飛んでいたフライリザードが、空に適した姿をとったモノならば、今度のアースリザードは、地へと適した体を持つモンスターだった。
大きく発達した後脚を持つその蜥蜴は、恐ろしいスピードで刻々と砦へと近付いていた。
すると、皇国側の砦から、10人程の騎士達が、馬に乗って出て来た。どうやら迎え撃つようだ。
あぁ、これで大丈夫だろう。
ほっと一息ついて砦の奥に行こうかと踵を返そうとしたそのとき。
気がついてしまった。
まだ、橋の上に何人かの人たちが取り残されていることに。
今回出て来たフライリザード。
それを飼育し、育て、共に戦うのが、
皇国近衛空士団
です。
ですが、他国では竜騎士団として広まっていますね。
なので今後、竜騎士がいない筈の世界で竜騎士が集う軍団があるーーと言う矛盾が出て来ますが、ご容赦下さい。
あくまでこの世界での竜騎士は、カイトのみとなります。
暫くの間は。