旅立ちの日
あれからだいぶ時が立ち、アリシアが城に戻る時がきた。
散々帰らぬ!と駄々を捏ね、屋敷の皆を困らせた姫君は、それでも来た時から様々な物を吸収し、得ていた様で、いざ帰る日になればきちんと身なりを整え馬車に乗っていた。
…マリアさんも心底ホッとしている様だ。
一度はカイトへの勧誘も落ち着いたものの、帰る10日も前になるとまた再燃した様で、カイトにひっきりなしに「一緒に来い」と連呼していた様だが、「妹を探しに行くから、一緒に行く事は出来ない」と伝えると、諦めた様だった。
そう、妹の居場所がわかったのだ。
あの日村から逃れたリース達は、その後バラバラになりながらも色々な街を転々とし、今は隣国の外れにある街で暮らしているらしい。
奴隷になる事も無く、飢えてしまう事も無くここまで生きていてくれた。
それだけで有難かった。
それがわかった2月前程から、カイトはアベルに許可を貰い、妹の元へ赴く事になっていた。場合によっては、連れて帰ってきてもいい…との事だ。
そして、どうせ出るなら途中まで一緒に来ればいい…との有難い?言葉により、カイトは途中の街まで載せてもらう事になっている。護衛としての意味もある様だ。
そして今カイトは、屋敷の門の前で、別れの挨拶をしている。
「まぁ、お前の事だからなんとかやっていくだろうが、気をつけていけよ」
「ガゼットさんも、無茶はしないで、俺が帰って来る時には子供の顔、見せてくださいね」
そう言ってくれたガゼットの隣には、あの日助けた女性…シエラというらしい…がいた。
あの恐怖の日々に手を差し伸べてくれたガゼットに好意を抱き、ようやく日常に戻れた彼女は、ガゼットと共に生きる事を選んだらしい。
「はっはっは、言われてますね、ガゼット」
「うるせぇフィリップ!てめぇこそ早く相手見つけろ!」
「はぁ…まさかあなたにそんな事を言われる事になるとは…」
確実に自分の方が先に家庭を築くだろうと考えていたフィリップには、だいぶショックだったらしい。…ある意味納得してしまうような…。
「まぁ、それはともかく、カイトくん、これを持っていきなさい」
フィリップが差し出したのは、手の要所を覆う硬いレザーの手袋だった。
「解放の印があるとは言え、奴隷の印は目立ちます。これをつけて行けば、無用の争いに巻き込まれる事もないでしょう」
そこまで考えていなかったカイトは、礼を言うと早速身につける事にした。指の先が出る様に作られたそれは、長時間はめていても気にならず、湿気がこもる事が無いように考えられたもので、剣の感覚にも影響を及ぼさないものだった。
「それからこれは、アベル様からだ。旅の資金にするといい」
どうしても外せない用事が出来た…といい今この場所に居ないアベルからは、革袋いっぱいに詰まったエルム金貨やレルム銀貨だった。
「どうしても受け取りたくないと言うのであれば、いずれ帰ってきた時にでも返せばいい。今は素直に受け取っておきなさい」
「…はい。アベル様にも、よろしくお伝えください」
「…で、お前からは何も無いのかい?ガゼット?」
「俺はもう渡してある」
少し意地悪げに笑いながら見るフィリップからの視線を受け流し、そう言ったガゼットが向けた視線の先…そう、今カイトが腰に履いている剣は、あの日ガゼットと共に潰した、モンスターの巣にあったものだった。
あの後、生き残りが居ないか調べに行ったガゼットが、洞窟の中にあった略奪品の中に埋もれていたこの剣を整備し、持たせてくれたのだ。
只の鉄で出来た剣とはまるで違う、精緻な装飾を施されたそれは、今はもうほとんど居ない種族…エルフのみが創り出せる、精霊の祝福を得た聖銀鋼という物質で出来た物らしい。鋼よりも強く、鋼よりも軽いと言う物で作られたソレが何故あそこにあったかはわからないが、あっても必要の無いガゼットが持っていても仕方が無いから…と、カイトに渡してくれたのだ。
準備を整えたカイトは、見送りにきてくれた人たちに別れを告げ、馬車に乗り込んだ。
いずれまた帰ってこよう。
進み出した馬車から屋敷を眺め、カイトはそう心に決めるのだった。
「のう、このまま一旦城まで来ぬか?」
…前途は多難らしい…。
…はい、これで一章が終わりとなります。
今の所PCが手元に無いので章設定ができないんですがね・・・
兎に角、やっとこ旅に出たカイト君は、これから妹に会うべく旅を続けます。
そこには、どんな試練が待ち受けるのでしょうか…
アリシアはカイトを手にする事が出来るのでしょうか…
ルビアの恋や如何に…
これからもどうぞ、蒼穹の竜騎士を、応援よろしくお願いします。
まだ竜の字も出てないけどね…