死闘の果てに
既にこの巣へと入り込んでからどの位経っただろうか…幾重にも襲いかかるゴブリンの群れに立ち向かい、そしてこの赤い体表を持ったオーガと切り結んでからは、もう半刻は経とうかとしている。
今までに無い強敵だった。
片手に握る大柄の斧を自在に降り、果ての無い体力と、口から火を吹くバケモノは、ガゼットと前後で挟み込んで戦うカイトの攻撃をものともせずに、今尚衰えぬ勢いで苛烈に攻め立てていた。
「カイト!来るぞ!」
既に攻撃のパターンは出尽くしているようだ。最初は幾度も身体をかすり、それだけで恐ろしい衝撃を与えて来た攻撃も、癖さえわかればかわす事は出来る。
オーガの巨体から繰り出された斧による全周囲の薙ぎ払いをバックステップでかわしながら、攻撃に転じるための隙を伺っていた。
流石のオーガも挟み込まれてしまえば一人づつとしか戦えず、片方を攻めようとすればもう片方が…と、入れ替わり立ち替わり攻めて来るカイト達には苛立ちを隠せないようだ。
次に、大降りの攻撃が出た時がチャンス…と、オーガの攻撃をかわしながら、カイトとガゼットは無言の意思疎通を行いその時を待つ。
するとしびれを切らしたのか、オーガが一際大きな雄叫びをあげた!
「グウウウオオオオォォォォォォ!!!!」
そのあまりの大音量につい足を止めたカイトに、降りかぶられた拳思い切り叩きつけられた!
思い切り身体を弾き飛ばされたカイト。
辛うじてガードはしたものの、左腕はもう使い物にならないだろう、有らぬ方向に曲がっていた。
激痛に耐えながら、全力で振り下ろして来たオーガの斧を、なんとか剣で受け流す!
全身に響く重たい攻撃をなんとかいなしたカイトは、その瞬間に隠せない程身体をよろめかせた!
今しかないっ!!!
「ガゼットさん!」
「任せろ!!」
ガゼットは背後から襲いかかると、オーガの身体を支える足へと剣を閃かせた!
その一撃は、体制を崩し片足で支えていたオーガのその足を、見事に両断していた。
支えを失い、その激痛に叫ぶオーガ。
それでも反撃しようと斧を振りかぶり、カイトめがけて振り下ろす!
それを間一髪転がって躱したカイトは、片足をついたオーガのその身体を膝から駆け上がり、上から首に剣を突き刺した!
痛みにもがいたオーガの身体からカイトは身を投げ出し、握りしめ続けた剣をその力に逆らう事無く回転させた。
車輪のように回転した刃は、その強靭な筋肉に守られた首を、綺麗に斬り落とし、オーガの息の根を止めるのだった。
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あのオーガとの死闘からどれ位時間が経っただろうか。動けぬカイトを置いて、奥の通路へと進んだガゼットは、その奥から、捉えられた女性を連れて戻って来た。
自身のみで繁殖する事が叶わぬゴブリンは、他種族の雌を捉え、それに子を産ませる。この女性も例外では無く、意識の半ばを狂気に侵されながら、辛うじて生き残っていたようだ。
…既に他の女性達は狂気に侵され、意思を手放してしまっていたようで、そのまま生きて行くよりも…と、ガゼットが眠らせたようだ。
なんとか歩けるようになったカイトとその女性を連れ、屋敷へと戻ったガゼットは、主人へと事の顛末を話し、女性の保護を訴えたようだ。
一度ゴブリンに捉えられた者は、意識の有無に関わらず迫害される。いつ魔性を産むかわからないのでは無理もないが…。
その訴えを聞き入れたアベルは女性を屋敷で保護すると共に、ガゼットへとギルドへの報告、巣に舞い戻る残党の殲滅を言い渡すのだった。
カイトの傷が治り切るまではそれから2月程かかり、その間毎日顔を出したアリシアとルビアに、延々と巣での話を強要されていたのは笑い話でしかない。
最も、最初に訪れた時には、ルビアはその怪我の酷さに顔を青白く染め、1月程の間ずっとつきっきりで看病していたのだが。
…何故その許可が降りたのかは、今でも謎だ。
怪我が治ったカイトは、此度の功績で晴れて奴隷から解放され、一人の使用人としてアベルに雇われる事となった。
そのおかげで、また更にアリシアからの勧誘が酷くなったのは…笑い話にはできない…。
いやー、やっと奴隷から昇格ですね。
まともなバトルって事でだいぶノリノリで書いてしまいました。
…頭蓋骨叩き割っちゃったのはいき過ぎたかもしれません…