仄暗い廃坑の奥で
「よし、それじゃぁもう一度確認するぞ!」
ガゼットの戦闘講座が終わり、今は巣があるであろう廃坑の前に来ていた。
「まず、基本は狭い通路で、挟まれない様に気をつけながら、出来るだけ少ない数の敵と戦う事。特に今回の様に、繁殖力が高いモンスターや、連携がうまい相手には有効だな」
「はい」
内容自体は出てくる前に聞いていたので、新しく覚える事はない。しっかりと頭の中で思い出せている。
「それから、戦っている最中、疲労が溜まったり、大きな怪我をして治療がしたかったりする時は、大声で『スイッチ!』と叫ぶ。これが出来るのと出来ないのとでは大違いだぞ。無理をせず、余裕を持って事に当たる事」
「はい」
狭い通路や単体の敵と戦う時等は、基本的に正面の人間しか戦えない。だからこそのスイッチだ。
「死んでしまえば元も子もない。どうやって倒すかじゃなく、どうすれば生き残れるかを考えろ。いいな?」
「…はい!」
「…よし…いくぞ!」
**********
「ギャッギャッ!ギャギャッ!」
「…チ…ッ!キリがねぇな!」
肩に担いだロングソードを斜めに振り下ろし、ゴブリンの一匹を両断しながら、ガゼットは苛立ちを隠せずにいた。
まだ、廃坑に入ってそれ程進んでいる訳でもないのにこの数…既に30は既に超えている。これは、100どころではないかもしれない。
参ったな…こりゃ…どうやって数を減らす…?
そんな事を考えつつも、身体は止まる事は無い。既に辺りは屍の山となっている。
チマチマやるのは症に合わんが、仕方ない…か。
しかし、イラつくものは仕方ない。と言わんばかりに、右手のロングソードを右に、左に、閃かせるごとに、一つ、また一つと屍が増えていく。濃い血の匂いが、まるでゴブリンを誘う媚薬の様に辺りに充満していた。
…凄いな…。
後ろから見ているだけで、その凄さがわかる。
まるで無造作に振っているかの様に見えるが、きちんと計算され、確実に致命傷になる様に剣を振るっている。
それは舞の様に美しいわけではない。しかし、剣を操る者の一つの到達点とも言える姿だった。
…俺もまだまだだな…
自惚れていた訳では無い。しかし、それなりに実力はついた…と思っていた自分が、まだまだ足元にも及ばない事を、肌で実感させられていた。
…負けていられないっ!
「スイッチ!」
ガゼットの声に反射的に飛び出し、モンスターの群れの眼前へ飛び出していった。
**********
右払い…右袈裟…左逆袈裟…身体を返し体重を載せた右払い…
一時も止まる事のなく続く剣閃の嵐に、ゴブリン達がなす術もなく次々と倒れていく。
ガゼットとカイトのコンビは、大量に現れるゴブリンの群れに怯む事なく立ち向かい、その殆どを斃していった。
それは本来ならば恐れを知らず、只々殺戮のみを本能に宿すモンスター達にさえ恐怖を覚えさせる程のものだった。
今まで尽きる事なく湧いて出て来たゴブリンの姿も無く、気がつけばそれまでとは少し違う、ひらけた広場のような場所に出ていた。
…嫌な予感がしやがる…ここに来るまでのゴブリンの数といい…この場所…前に来た時は無かった筈だ…。
油断無く辺りを伺っていたガゼットは、奥にあった通路から、何か得体の知れないモノが出てくる気配に気がついた。
「グルルルルルルルルルル……」
不気味な唸り声と共に姿を表したソレは、
黒い毛皮に全身を覆われた獣、ブラックウルフと、今までのゴブリンとは遥かに違う、軽く見上げるような体躯を持った…恐らくこの巣の主だろう…赤い体表をもったオーガの姿だった!
…ッ!?何故こんな所に、オーガやブラックウルフが!?しかもありゃぁ…希少種じゃねぇかっ!!
舌打ちをしつつ油断無く辺りの気配を伺うガゼット。だが、それ以上のモンスターの存在は無いようだ。しかしそれでも…この2体を同時に相手するのは、今の状況では無謀でしかなかった。
…どうする…ここは一旦引くか…?
この情報はギルドに届ける必要がある。何故、この大陸中央部…それも、迷宮やダンジョンでもない場所に、オーガやブラックウルフがいるのか…それは、ギルドの総力をあげてでも調べる必要のある事柄だ。
…しかし…簡単には帰らせてくれそうにねぇな…こりゃ…。
既に敵は臨戦体制を整えており、今すぐにでも飛びかかって来そうだった。せめてカイトだけでも逃がさなきゃならんか?
「逃げヨウとしテも無駄ダ。お前達ハ多くノ同胞を殺シ過ぎタ」
…!!喋れるのか!?このオーガは!?
ガゼットは、モンスターが発した言葉に戦慄を覚えていた。言葉を発する事が出来るモンスターは、西の外れの小大陸にしかいない筈。先程からのあり得ない事態の連続に、ガゼットの思考は混乱の極みに達していた。
どうする…どうするどうする…!?
しかし、そんなガゼットを落ち着かせる暇を、モンスターが与える筈も無く、「やレ」という一言と共に、ブラックウルフが襲いかかって来た!
ウルフと言う名に恥じぬ、圧倒的な速度で襲いかかって来たソレは、一瞬の躊躇も無く隙が出来たガゼットの首筋へと飛びかかった!
風の様に飛びかかって来るブラックウルフを呆然と…しかし、なんとか反撃しようと身体が勝手に動くのを、まるで他人事の様に考えながら、まるでスローモーションになったかの様な視界で敵の姿を見つめる。
間に合わない…
長年の戦士としての勘が、その先の自分の姿を予見の様に映し出す。
なんとか…カイトだけでも…
しかし、次の瞬間。
唐突に横合いから飛び出して来た人影が、飛びかかって来たウルフに剣一閃!
その剣線はブラックウルフの身体に吸い込まれるように奔っていき、獣の身体を真横に切り裂いていた!
その衝撃から吹き飛ばされ、地に転がった身体に尚も力を入れ、立ち上がろうとするブラックウルフに、そのまま駆け寄り頭蓋へと垂直に剣を振り下ろすカイト。
その剣は見事にブラックウルフの頭を二つに両断し、獣の息を止めていた。
「大丈夫ですか!?ガゼットさん!!」
かけられた言葉にふっと我に帰り、こちらを見やるカイトの姿を確かめ、ふっ…と自嘲的に唇を歪める。
「まさかお前に助けられるとはな…!随分腕を上げやがった」
素直に口をついた言葉は、ガゼットの本心からの言葉だった。手馴れた冒険者でも簡単に餌食にするブラックウルフを、一頭だけ、横合いからの隙をついたとしても、こうもあっさり倒すとは…俺も歳かね…。
「ふム、あいツをこうも簡単ニ退けルトは。中々ノ腕をモツようダな」
「てめぇに褒められてもカイトは嬉しくないだろうさ。…カイト!気合入れろよ!こいつは今までのとはちぃっと違うぜ!!」
尚も不敵に呟くオーガに視線を向け、気概を取り戻したガゼットは、猛然と飛びかかっていった!
ダンジョン、迷宮やその他の違いは後日作中にて説明しますですはい。